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書いた記事数:46 最後に更新した日:2017/04/21

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おいしい本が読みたい 第31話 忘れられない人々

名作を要約することはできない、としばしばいわれる。要約したところで、換骨奪胎にすぎない。それと同じように、どうあがいても解説不能な作品というものもある。希望に賭ける心情のあまりの純度の高さに、絶望のあまりの深さに、読み手はことばを失わざるを得ないから。ところが、そんな作品ほど読んだら最後、誰かに話さずにいられない。

というわけで、今回はアレクシェーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』(群像社)を紹介したい。ほとんど引用にすぎないが。

アレクシェーヴィチの名は、昨年ノーベル文学賞をとったのでかなりよく知られていると思う。彼女の作品は基本的にルポルタージュである。受賞の折、あれは文学ではない、と彼女の作風をこきおろすある作家の声が新聞紙上で紹介されていた。じゃ文学って何だ、と問い返したい。おそらくその作家には、フィクションこそが文学と呼ぶべきもの、との固定観念がある。さらに、あれは文学ではない、ということばの裏には、純文学こそが至上の文学でそれ以外は大衆文学というエンターテインメントにすぎない、との格付け意識も感じられる。力強い文学とそうでない文学があるだけかもしれないのに。

ところで、文学の定義として、人間の尊厳について考えさせてくれるもの、とすることも可能だ。この点からすると、アレクシェーヴィチの作品は見事に条件を満たしているではないか。引用文を一読すれば、ほとんどの人がこのことを納得してくれるだろう。

引用を列挙するまえに、ひとつ銘記しておきたいことがある。それは、30人余りの従軍した女性たちに対するインタヴューをまとめた本書だが、当然のことながら、活字化されなかった人々の声が背後に横たわっているということだ。アレクシェーヴィチの才能のひとつは、ほかの人が相手なら沈黙したであろう女性たちから、共鳴する音叉のようにことばを引き出す力である。

しかし、前にも書いたことがあるが、過去を語ることはもう一度その過去を生きることである。それに耐えられない人も大勢いる。活字化されなかった人々のさらにその背後に、あの日高六郎の母親のように、無言でうつむく何万もの女性たちがいることを忘れるわけにはいかない。従軍のとき高校生ほどの年頃だった人が多いことも、覚えておこう。

クセ―ニャ・オサトチェワ 二等兵(給食係)
私は戦争ですっかり変わってしまい、戻ったとき母は私だと分からなかったくらいです。
母が住んでいるところを教えてもらって、そこに行き、戸をたたきました。
「はいはい」
私は家に入り、「こんにちは、一晩泊めてください」と頼みました。
母はペチカを焚いていて、弟二人は床に積んだ藁に座っていました。裸でした。着るものがないんです。母は私だと分からずに言いました。
「すみませんね、こんな暮らしなので、暗くならないうちにもっと先へお行きなさい」
私は、もっと近寄りましたが、また、言います。
「暗くならないうちに、もっと先へ」私は身をかがめて母を抱きしめました。
「おかあさん、私のおかあちゃん」そこで、みな私に駆け寄って、わーっと泣き出しました。
 今はクリミヤに住んでいます…花が咲き乱れています。私は毎日窓から海をながめています。でも、全身の痛みであえいでいます。私は今でも、女の顔をしていません。よく泣きます。毎日呻いています。思い出しては。

オリガ・ワシーリエヴナ 海軍一等兵
 男たちは何事であれ私たちより苦労しないで順応できた。ああいう禁欲的な不便な生活に……ああいう関係に……でも、わたしたちは寂しかった。とても家が恋しかった。おかあさんが恋しかったし、暖かい家庭が恋しかった。モスクワから来ていたナターシャ・ジーリナという子がいて、勇敢な行為に対して「剛毅記章」をもらい、数日、家に帰らせてもらったの。その子が戻ったとき私たちはその匂いをくんくん嗅ぎました。文字通り、行列を作って順番に匂いを嗅がせてもらった。おうちの匂いがすると言って。そんなに家が恋しかったの。

「忘れる? 忘れるですって?」オリガ・ワシーリエヴナが沈黙を破る。
「忘れようったってそれは無理だ」とやや間を置いてサウル・ゲンリホヴィッチが沈黙を破る。
「私は忘れられるものなら、忘れてしまいたいわ、忘れたい」ほとんど囁き声でオリガ・ワシーリエヴナがつぶやく。
「せめて一日でいいから戦争のない日を過ごしたい。戦争のことを思い出さない日を。せめて一日でいいから……」

ナタリヤ・セルゲーエワ 二等兵(衛生係)
冬にドイツ人の捕虜が連れて行かれるのに出くわしたときのこと。みんな凍えていた。穴の空いた毛布を頭からかぶって、焼けこげた軍外套を着ている。(…)捕虜の中に一人の兵士がいた……。少年よ……。涙が顔の上に凍り付いている。私は手押し車で食堂にパンを運んでいるところだった。その兵士の眼が私の手押し車に釘付けになっているの。
私のことなんか眼中になくて、手押し車だけを見てる。パンだ、パン……。私はパンを一個とって半分に割ってやり、それを兵士にあげた。その子は受け取った……受け取ったけど、信じられないの……信じられない……信じられないのよ。
 私は嬉しかった……憎むことができないということが嬉しかった。

名前の分からない女性(エレーナ・アダモヴナ・ヴェリチコ、ユスチーナ・ルキヤノヴナ・グリゴローヴィチ、マリヤ・フョードロヴナ・マズロ。その他は泣いている声で聞きとれない……)(カッコ内は著者の説明書き)

 あたしたちのことは書かなくていいよ……憶えていてくれたらそのほうがいいよ……こうやってあんたと話をしたってこと。いっしょに涙を流したってこと。あたしたちと別れていく時にゃ、振り返ってあたしたちを、あたしたちの小屋を見ておくれ。他人行儀に一度だけでなくて、身内がやるように二回だよ。それだけで、他には何もいらないよ。ただ振り返ってくれりゃあ……」

むさしまる(忘備録:忘れないこと。忘れなければ、振り返ることができる)

 

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  • 2017.04.21 Friday
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