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書いた記事数:46 最後に更新した日:2017/04/21

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楽しい映画と美しいオペラ――その67

サスペンスフルな不条理劇――深田晃司『淵に立つ』

 

両親と娘の三人が朝の食卓を囲んでいる。妻と娘は神に祈りを捧げているので、キリスト教の信者だと分かる。夫はそれを意に介することなく、すでに食事を始めている。次の場面は夫の作業場。溶接作業なのか、火花が散り、騒音も著しい。彼は「行ってきます」の娘の声には辛うじて返事をするが、妻の声には反応しない。

 

そんな家族のなかに闖入するのが、浅野忠信演じる八坂である。工場主の利雄の古くからの友人であるらしく、住み込みで働くことになる。言葉遣いは丁寧で、白いワイシャツを常用するなど、几帳面な性格であることが分かる。彼についての情報は妻には何も伝えられない。しかし観客は、彼と利雄との会話から、彼が何年かぶりに刑務所から出てきたことを知る。

 

八坂はじつに不可解な存在である。小学生の娘にまで敬語で接するし、彼女にオルガンを教えもする。妻の章江とは信仰についての会話もこなす。章江は彼から、犯した殺人の罪についての告白を受けても、その誠実さを疑わない。そして惹かれていくことになる。そんな、冷静で、知的で、誠実な八坂が、あるとき一瞬豹変する。利雄に向かい、積年の怨念を爆発させるのだ。「お前、本当にちいせい奴だな。そんなに怖いか、俺が?」。このときの八坂の恐ろしさ、不気味さはただごとではない。

 

この映画は、ある平凡な家族が、異分子の闖入によって崩壊する様を描いているといえなくもない。しかし八坂が不可解な存在であるように、そんな一言でいいつくすことはできない。そもそもこの家族は、八坂が登場する前から崩壊していたのであり、彼の存在によって、亀裂が顕わになったにすぎない。八坂の存在を掘り下げることで、深田監督の考える「家族とはなにか」が見えてくるような気がする。

 

八坂が犯した11年前の殺人、そして利雄と章江の家族にもたらした大きな罪、これらについて、この映画は詳細に語ることはない。子どもにも好かれる心優しい八坂が、なぜ酷い罪を犯してしまうのか。小さな伏線は敷かれてはいるが、結局私には分からなかった。じつは当の八坂自身にも分からないのではないか。人間は、自分のことすら明確には理解できない存在である、と考えるほかはない。そんな不条理な八坂を、優しく、繊細に、知的に、冷酷に演じた浅野忠信は素晴らしい。

 

一人の人間を丸い円で表すとする。人と人とのつながりは、その円が交わることである。交わる部分が多いほど親密な関係といえる。しかし完全に交わることなどあり得ない。まして自らの円についての認識が薄弱であれば、他者との関係は苦行とならざるを得ない。人は家族をつくることができるのか? 深田監督は、恐ろしいまでの人間の孤独を描いているのだ。

 

この映画は、多分に心理学的・哲学的な映画である。しかしながらとてつもなく面白い。ストーリーの展開に飽きさせるところがない。十分にサスペンス映画でもある。役者も皆いい。そして闇のように暗い孤独を描きながら、それでもなお生きなければならない人間の背中を、最後にそっと押してくれる。深田監督の力量は確かである。

 

2016年11月1日 有楽町スバル座
2016年日本・フランス映画
監督・脚本:深田晃司
出演:浅野忠信、筒井真理子、古館寛治、太賀、篠川桃音、真広佳奈

 

2016年11月3日 j.mosa


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  • 2017.04.21 Friday
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  • 23:59
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