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楽しい映画と美しいオペラ――その68

革命を予感させる放蕩者――北とぴあの『ドン・ジョヴァンニ』


悲劇的な未来を予感させる暗く重厚な響き。一転、曲調は軽快味を加えて、そのあと明と暗は絡まりあいつつ、レポレロの最初のアリアに引き継がれる。『ドン・ジョヴァンニ』の序曲は、じつに不思議で、とらえどころがない。それでいて、心に強く訴えかける。数あるオペラ序曲のなかでも、名曲中名の名曲である。オペラのエッセンスが、この序曲に凝縮されている。

 

柔らかく、奥深く、寺神戸亮が紡ぎ出す序曲を聴いていると、この日この公演に先立って根津美術館で観てきた円山応挙の絵が心に浮かんできた。雨に濡れ、風にそよぐ竹林を描いた「雨竹風竹図屏風」からは、湿気を含んだ空気まで感じられたし、華麗な羽をどっしりと垂らし天に向かって鳴き声を上げている「牡丹孔雀図」には、まるで生きているかのような生命力が溢れていた。表現力の類ない豊かさは、まさにモーツァルトに通じる。

 

さらに、これがひとりの画家の作品かと思えるほど、応挙の作品は多様であった。同じように、モーツァルト作品の多様性は他に例をみない。私の愛してやまない、ダ・ポンテ台本による三部作、『フィガロの結婚』『コシ・ファン・トゥッテ』『ドン・ジョヴァンニ』にしても、それぞれが愛をテーマにしながら、いかに異質であることか。

 

モーツァルトと応挙を同じテーブルで語るなど奇妙なことなのだが、じつはまったくの同時代人なのだ。応挙は1733年に生まれて95年に亡くなっている。モーツァルトは1756年生まれで没年は91年。ウィーンと京都、隔絶の距離にありながら、同時代性というのは不思議なものだと思う。

 

さて、北とぴあの『ドン・ジョヴァンニ』である。これは、歌手とともにオーケストラも舞台上にあるという、セミ・ステージ形式であった。衣装を着けて演技はするものの、舞台装置はまったくない。余計なものがない分、モーツァルトの音楽の美しさがストレートに伝わってくる。費用をかけないでいかに上質の舞台がつくれるのか、という見本のような上演であった。

 

実演、ビデオ、CDと、いままでいくつかの『ドン・ジョヴァンニ』を体験してきた。そのたびに、心を奪われる登場人物が異なってくる。作品の多義性によるものに他ならないが、これは演出の多様性を生み出している。また歌手の存在感も大きい。昨年9月17日のロイヤル・オペラによる上演(NHKホール)では、ドンナ・エルヴィーラの改心に瞠目したが、それはジョイス・ディドナートが素晴らしかったからだ。柔らかな声、細部にわたるコントロール、最終場面までの心の移ろい。

 

革命は階級差を意識したところからはじまる。今回のツェルリーナとマゼットは結婚衣装ではなく農民服である。マゼットの、貴族ドン・ジョヴァンニに対する反感も強烈である。やがて彼ら庶民の時代がやってくるだろう。佐藤美晴は、このオペラの初演から2年足らずで勃発するフランス革命も見据えて、演出に当たったに違いない。

 

世界が崩壊しようと、地獄に落ちようと、俺はやりたいことをやる! 改心などするものか! 自由万歳! ドン・ジョヴァンニの、この心意気、反抗心こそ、革命の核心であり、このオペラの魅力の源泉である。ゆえに佐藤は、正義の大団円でオペラを終わらせない。皆が勝利の歌を合唱しているのを尻目に、地獄に落ちたはずのドン・ジョヴァンニは、優雅にピアノを弾いているのである。

 

歌手、オーケストラ、演出と、三拍子揃ったオペラを堪能できた。何よりの功労者、指揮者の寺神戸亮さんには、格別の感謝を捧げたい。


2016年11月25日 北とぴあ さくらホール

 

ドン・ジョヴァンニ:与那城敬
レポレロ:フルヴィオ・ベッティーニ
ドンナ・アンナ:臼木あい
ドン・オッターヴィオ:ルーファス・ミュラー
ドンナ・エルヴィーナ:ロベルタ・マメリ
ツェルリーナ:ベツァベ・アース
マゼット:パク・ドンイル
騎士長:畠山茂

 

指揮:寺神戸亮
管弦楽・合唱:レ・ボレアード

 

演出:佐藤美晴

 

2016年11月29日 j.mosa
 


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  • 2017.09.22 Friday
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