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    楽しい映画と美しいオペラ――その55

    • 2015.03.22 Sunday
    • 14:50
    資本主義は超えられないのか——『グッバイ、レーニン!』の見る夢


    アベノミクスのお陰で日本株は上昇の一途である。円をばら撒いているのだから当然その価値は下がる。この円安で、輸出を一手に引き受けている大企業の業績は上がるいっぽう。数にして0.3%にすぎない大企業だが、その好業績の恩恵を受けている人々も一握りのことだろう。格差は広がるばかりである。

    資本主義は我が世の春を謳歌している。日本やアメリカ、ヨーロッパばかりではなく、ロシアや東欧の社会主義の国々に至るまで世界を覆い尽くしてしまった。グローバリズムの鎧をまとった現代資本主義は膨張し続け、国境すら容易に越える。

    さて、その資本主義が、いわば一夜にして社会主義を呑み込んでしまうさまを描いた映画がある。タイトルはそのものズバリ、『グッバイ、レーニン!』。1989年のベルリンの壁崩壊前後の東ベルリンの激変が手に取るように理解される。

    市民が日頃食べていたパンやコーヒー、ピクルスが姿を消す。代わって商店の棚を占めるのは西ドイツやオランダの製品である。商店も清潔で合理的できらびやかなものに変身する。コカコーラの垂れ幕が下がり、街には西ドイツ・マルクがあふれる。そして「労働者階級の英雄たち」は姿を消す。すべては一瞬の出来事だった。資本主義の強さには目を瞠るばかり。

    映画は、東ベルリンのこの激変をないことにしようと奮闘する若者、アレックスの物語である。ベルリンの壁崩壊前夜、母親が心臓発作で意識を失う。ホーネッカー議長の退陣も、壁の崩壊も、初めての自由選挙も知らないで眠り続ける。意識を回復したものの、周囲の者はショックを与えることを厳禁される。体制に忠実な母親にとって最大のショックは、東ドイツ社会主義の壊滅に他ならない。と、少なくとも息子は考えた。現実を隠さなければならない。東ドイツの健在ぶりを示し続けなければならない。

    東ドイツ産の食品をかき集めたり、新聞を偽造したり、挙げ句はテレビにでっち上げのビデオまで流す。このあたりは誠に愉快で、やはりこの映画はコメディなのである。ところがアレックスは、母親を喜ばせるための滑稽な行動を進めるうちに、自分の理想の世界を創造していることに気が付く。言うなれば、理想の社会主義像を母親の前に展開していたのである。

    資本主義の生存競争とは違う暮らし方があるのではないか。無意味な競争を拒み、出世主義や消費社会を望まない暮らし方である。車やテレビなどより大切なものがきっとある。そして善意を施し、労働に励むこと。アレックスという若者が考えた理想の社会は素朴である。しかし激烈な競争社会に生きなければならない私たちの日常を顧みれば、アレックスの夢を荒唐無稽と退けるわけにはいかない。

    母親はアレックスのお蔭で、社会主義の理想のなかで他界した。と、彼は思っている。しかし母親は現実を把握していて、社会主義の理想を語る息子に夢を託して亡くなったのではないか、とも解釈できる。さて当のアレックス、人間のエゴに基づいているがゆえに強力で盤石な資本主義のなかで、これからどう生きていくのだろうか。

    2003年ドイツ映画
    監督:ヴォルフガング・ベッカー
    脚本:ベルント・リヒテンベルク
    ヴォルフガング・ベッカー
    音楽:ヤン・ティルセン
    出演:ダニエル・ブリュール(アレックス)
    カトリーン・ザース(母クリスティアーネ)
    2015年3月10日 日本テレビで放映

    2015年3月19日 j.mosa