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    楽しい映画と美しいオペラ――その74

    • 2017.07.17 Monday
    • 20:39

    デヴィーアの声に酔う――ベルカントオペラの最高峰『ノルマ』

     


    イタリアオペラはなんといっても歌である。それも甘美で流麗な歌! そういう意味では、ベルカントオペラこそ、イタリアオペラそのものではないか。私の愛してやまないヴェルディは、この美しい歌をもとに、人間のドラマを創出したのだった。

     

    ヴェルディはともかく、ベルカントオペラといえばベッリーニ、ベッリーニといえば『ノルマ』、ノルマといえばマリア・カラスである。1960年録音のCDは、私の宝物のひとつで、繰り返し聴いている。しかしノルマは至難の役らしく、上演の機会は少ない。私も実演を聴いたことがなく、今回の上演は、ひさしく待ち望んでいたものだった。

     

    マリエッラ・デヴィーアのノルマ! これは、カラスに勝るとも劣らない、素晴らしいノルマであった。巫女であり、恋する女であり、母親であるノルマを、なんという巧みさで、しかもその技巧を感じさせることなく、自然に歌いあげたことか。

     

    冒頭近くで歌われる有名な「カスタ・ディーヴァ(「清き女神よ」)。ドルイド教の神への祈りのアリアである。ベジャールはかつてこの曲を用いて一編のバレエを創ったが、踊りが邪魔に思えるほど、カラスの巫女の歌は圧巻だった。しかしデヴィーアはそのカラスを凌駕する。声が千変万化するその多彩さ、そして陰影の深さ! 崇高で優美、さらに透明感きわまりない。抜けるような青空に軽やかにただようような高音は、心に至福の感情を呼び起こす。

     

    殺そうとするまでに二人の子どもたちの未来を憂いて歌うアリアも、母親の強い心情がこめられて痛切きわまりない。そして、若い巫女、アダルジーザと恋心を歌いあう二重唱の甘美な美しさは、何にたとえられるだろう。禁断の恋の相談をもちかけられたノルマは、自らの内に秘めた恋心をも我知らずに歌い出す。ソプラノとメゾソプラノという微妙な音程の差が、旋律の華麗さを柔らかく包みこむ。涙を堪えるのが難しい。美しいというただそれだけで、人は涙する。

     

    このオペラは、ローマのガリア遠征を背景に、占領軍司令官と現地の巫女との恋をテーマとしている。ノルマは現地の指導者の娘であるから、日本の歴史で例えるなら、京都の朝廷から派遣された坂上田村麻呂と、蝦夷の首領アテルイの娘との恋といえなくもない。宗教が絡んでいる分、その恋はなおのこと許されない。けれども、このような筋書きよりもなによりも、このオペラは、プリマドンナの声を堪能するためのオペラである。メゾソプラノにも人が得られれば、それで十分。当夜のラウラ・ポルヴェレッリは大いに健闘した。

     

    オペラでは、当然のことに、指揮者や演出家の役割は大きい。近頃は演出家が張り切って、確かにオペラを「面白く」してはいる。けれどもやはりオペラは、声であり、歌であり、歌手なのだ、ということを、この公演で実感することができた。まことに貴重な体験で、マリエッラ・デヴィーアには心からなる感謝を捧げたい。

     

    2017年7月4日 日生劇場

    ノルマ:マリエッラ・デヴィーア
    アダルジーザ:ラウラ・ポルヴェレッリ
    ポッリオーネ:笛田博昭
    オロヴェーゾ:伊藤貴之
    クロティルデ:牧野真由美
    フラーヴィオ:及川尚志

     

    指揮:フランチェスコ・ランツィッロッタ
    管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
    合唱:藤原歌劇団合唱部

     

    演出:粟国淳

     

    2017年7月5日 j.mosa