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  • 2020.04.21 Tuesday

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    楽しい映画と美しいオペラーーその76

    • 2017.08.29 Tuesday
    • 23:56

    レジスタンスの栄光と悲惨——『ハイドリヒを撃て!——「ナチの野獣」暗殺作戦』

     

     

    2時間、まるでナチス占領下のプラハにいるような緊張感のなかにあった。ナチスの兵士たちが銃を構えて街を警戒している。暗い表情ながら、市民の姿も多い。そのなかの、誰が味方で誰が敵なのか? この状況下で暗殺は可能なのか? 実際のプラハで撮影されただけあって、街並みは美しく、じつにリアル。そのぶん、緊迫感も並ではない。

     

    1938年9月、ナチスはボヘミア・モラヴィア保護領としてチェコを支配下に置く。翌年9月、第二次世界大戦が勃発したこともあり、その支配は厳しさを増す。41年冬、ロンドンのチェコスロヴァキアの亡命政府は、保護領の責任者、ナチスNo3のラインハルト・ハイドリヒの暗殺を計画する。「エンスラポイド(類人猿)作戦」といわれるが、暗殺を命じられたのは、ヨゼフ・ガブチークとヤン・クビシュのふたりの青年である。

     

    パラシュートでプラハ郊外の森に降下したふたりは、地下抵抗組織を頼ってプラハに潜入する。しかし組織は、ハイドリヒの手で半ば壊滅の状態にあった。組織の中心人物は、この計画そのものに疑問を呈する。成功の可能性は低く、たとえ成功したとしても、報復の犠牲が大きいと。

     

    作戦を立案する者と実践する者。両者が幸福な信頼関係を保つことは必ずしも保障されない。立案者は往々にして現場から遠く離れている。現地の詳細な情報なしには、現実的な作戦など立案できないのだ。この「エンスラポイド作戦」も、その不幸な実例だったといわざるをえない。

     

    ハイドリヒの暗殺には辛うじて成功しながら、いったいどれほどの犠牲があったことか。ヨゼフの恋人は銃殺され、彼らに協力した平凡な一家は無残な虐待を受ける。暗殺に関わったと判断された村の住民数百人も虐殺されるなど、およそ5千人の市民が犠牲になったという。

     

    しかしながらこの映画は、不幸を冷徹に見据えつつ、プラハ市民の、ナチスに対する不屈の戦いに大いなる敬意を表している。確かに、危険をも顧みない不屈の精神なくして、ナチスという悪を倒すことはできなかったろう。この事実も含めて、悪に対する抵抗運動はいかにあるべきかを、深刻に考えざるをえなかった。

     

    暗殺に関わった者たちが壊滅させられる、最後の銃撃戦は凄まじい。チェコ国民の抵抗精神が残酷に描かれ、その力強さと、また儚さに、圧倒される思いであった。極限状況下での恋、ミッションへの疑いに揺れる隊員の心、密告者の慚愧など、人間の心理も説得力十分に表現されて、レジスタンス映画の不朽の名作となった。

     

    2017年8月17日 於いて新宿武蔵野館

     

    2016年チェコ・イギリス・フランス映画
    監督:ショーン・エリス
    脚本:ショーン・エリス、アンソニー・フルーウィン
    撮影:ショーン・エリス
    音楽:ロビン・フォスター
    出演:キリアン・マーフィ、ジェイミー・ドーナン、シャルロット・ルボン、アンナ・ガイスレロヴァー、トビー・ジョーンズ

     

    2017年8月27日 j.mosa
     

    楽しい映画と美しいオペラーーその75

    • 2017.08.06 Sunday
    • 16:32

    信仰の二面性について考える——メル・ギブソン『ハクソー・リッジ』

     


    「ハクソー・リッジ」は、沖縄本島中部の前田高地の峻嶮な絶壁のことで、前の大戦で米軍が名付けた。約150mの弓なりの絶壁で、普通の登攀は不可能。「のこぎりの崖」と訳される。1945年4月1日、米軍は中部西海岸に上陸して、日本軍の司令部がある首里を目指した。前田高地は首里をはるかに見渡せる最大の防御線で、ここをめぐる日米両軍の戦いは熾烈を極めた。

     

    この映画では、この戦いに参戦した実在の人物、デズモンド・T・ドスが主人公である。彼はセブンスデー・アドベンチスト教会の敬虔な信者で、良心的兵役拒否者でもある。そんな彼が戦争に行き、武器を持たずに、衛生兵として75人の命を救う。前田高地での激烈な戦いがこの映画のハイライトであるが、悲惨さをリアルに描くことで、武器を持たずに仲間の命を救うことの「異常さ」に強い説得力を持たせている。首や腕が吹き飛び、銃弾が頭を貫通する。死体にはネズミが群がり、あっという間にウジがわく。

     

    宗教と戦争、これがこの映画の最大のテーマだろう。主人公は「殺すなかれ」というキリスト教の第一の教えを手放さない。ところが戦争は人を殺すことこそが目的である。良心的兵役拒否者は戦争に行くこと自体を拒否する。しかしこの映画の主人公は、日本の真珠湾攻撃に衝撃を受けたといい、対日戦争には反対ではない。むしろ、仲間が命をかけて戦っているときに、安閑と家にいるわけにはいかないと考える。

     

    兵役には志願する、しかし武器はとらない。つまり人は殺さない。この矛盾は戦いには不利にしかならない。当初、兵営の仲間や現場の指揮官は彼を受け入れない。軍令拒否者として軍法会議にもかけられる。かくして周囲の誰もが彼の除隊を望むのだが、曲折あり、参戦が認められることになる。

     

    この映画では、宗教を肯定的にとらえる。殺さないという宗教的信念が、武器を持つことなく多くの人命を救うことになり、主人公は英雄となる。しかし神に命を捧げるという宗教的信念は、逆に、人を殺すことの大きなバックボーンにもなりえる。ISの自爆テロなどはその典型であるし、宗教戦争は洋の東西の歴史に枚挙のいとまもない。

     

    15、6世紀の一向宗(浄土真宗)は、地侍や百姓に多大な影響を与えた。阿弥陀仏のもと、人間はみな平等であるという教えほど、庶民を引き付けた思想はあるまい。加賀ではその思想のもとに守護の冨樫氏を倒し、100年もの間地侍・百姓たちの共和制が実現した。石山本願寺を頂点とする一向宗の力は、対信長勢力の最大のものであったようだ。

     

    阿弥陀仏のために戦い、死ねば極楽浄土に生まれ変わる。厭離穢土(おんりえど)、欣求浄土(ごんぐじょうど)。人を殺すことは見事に正当化される。戦いにこれほど強力な思想もあるまい。宗教や思想は、人を救い、社会を変える。いっぽう、人を殺し、社会を破壊する。この映画は、少しの緩みもない秀抜な娯楽作品だが、多くの考える糸口も与えてくれた。

     

    なお、この映画で語られることはないが、前田高地の戦いでは、非戦闘員、つまり浦添村(当時)の住民4,112人が犠牲になったという。なんと村民の44.6%に当たる。

     

    2017年7月28日 於いてシネマート新宿

     

    2016年アメリカ映画
    監督:メル・ギブソン
    脚本:アンドリュー・ナイト、ロバート・シェンカン
    原案:グレゴリー・クロスビー
    撮影:サイモン・ダガン
    音楽:ルパート・グレグソン=ウィリアムズ
    出演:アンドリュー・ガーフィールド、ヴィンス・ヴォーン、サム・ワーシントン、ルーク・ブレイシー、ヒューゴ・ウィーヴィング、ライアン・コア、テリーサ・パーマー、リチャード・パイロス

     

    2017年8月1日 j.mosa