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    楽しい映画と美しいオペラ――その79

    • 2018.08.16 Thursday
    • 00:30

    愛の孤独と豊かさを鮮烈に描く——イ・チャンドン『オアシス』

     

     

    男と女の愛は、ふたりだけのもの。他者の容喙をゆるさないし、他者に説明もできない。もちろん、他者には理解しようもないものだ。そして、静かに、深く、ふたりの土地を耕していく。この映画は、この愛の真実を、極端に、鋭利に表現していて、強い衝撃を受けた。

     

    男は、刑務所から出所したばかり。冬なのに、半袖の夏シャツ姿である。冬服が差し入れられた形跡はないし、出迎えた者は誰もいない。母親や兄弟もいるようであるから、彼が家族の厄介者だということが分かる。乱暴で、いささか頭が弱い。

     

    女は脳性麻痺で、動くこともままならない。ときに顔は引きつり、もちろん言葉を発するに難渋する。彼女の面倒をみる兄夫婦は、妹の障がい者であることの権利を巧みに利用する。妹への愛情があるようにはとてもみえない。

     

    男は2年6ヶ月の刑期を終えたのだが、それは女の父親を誤って車で轢き殺した罪だった。男は出所後、果物籠を持って被害者宅を訪れ、そこで障がいの身を持て余す女と出会ったのだった。その女を、それなりの器量だと男は思う。いっぽう観客は、男が、婦女暴行未遂など、前科三犯であることを知ることになる。

     

    性を媒介に結びついたふたりは、人目を避けながら、奇妙な逢瀬を楽しむことになる。女の部屋で、あるいは女を車椅子で連れ出して。誰からも顧みられることのないふたりにとって、このはじめての恋は、天にも昇る高揚感をもたらしたはずである。

     

    昔の僕は迷路の中で行く先を見失っていた
    生きる理由なんて分からなかった
    でも君がいたから僕は生きてこられた
    君にすべてを捧げたい
    君のために
    歩いてあの空まで

     

    男は、車椅子の女を前にして、カラオケボックスで絶叫する。語彙の乏しい男にとって、これは精一杯の、そして心からの、愛の告白であろう。

     

    しかしながら、このような「落ちこぼれ」同士の恋が、この社会で成就するはずはない。男は婦女暴行罪で捕らえられ、「お前は変態か」と刑事に罵られる。母親は旧知の牧師に魂の救済を依頼する。その祈りの最中、男は警察署を脱走する。

     

    タイトルの「オアシス」とは、女の部屋の壁に貼りつけられている織物の題名である。楽園を象徴しているのか、椰子の木陰で女と子どもがラッパを吹き、子象が踊っている。街灯が灯ると、街路樹の枝の影が、窓を通してその絵柄を大きく覆ってしまう。女はその影が怖いといつも言う。

     

    警官に追いつめられた男は、街路樹に登り、嬌声をあげながら枝を切り落とす。下から眺める警官や野次馬たちには、男が狂っているとしか思えない。女だけにしか理解できない、献身の行為である。カラオケの場面と共に、心に沁みた。

     

    男は刑務所から女に手紙を書く。出所したら美味しいものを食べに行こうと。女の日常は、もはや彼に会う前の日々ではない。他の誰にも理解されないが、心は満たされているはずである。もちろん、男の心も。愛は時空を超える。愛の奇跡というものだ。

     

    この映画は、第59回ヴェネツィア国際映画祭で、監督賞と新人俳優賞(女を演じたムン・ソリ)を受賞している。その他の映画賞受賞も多数。

     

    2002年韓国映画

     

    監督:イ・チャンドン
    脚本:イ・チャンドン
    出演:ソル・ギョング、ムン・ソリ
    音楽:イ・ジェジン
    撮影:チェ・ヨンテク

     

    2018年8月9日 j.mosa