一般財団法人 知と文明のフォーラム

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楽しい映画と美しいオペラ――その64

中国現代史を証言する――胡傑のドキュメンタリー映画


かつてはほとんど関心がなかったスポーツ中継をよく観るようになった。テニス、サッカー、野球、相撲などである。歳を重ねて自由な時間が増えたという単純な理由もあるけれど、スポーツマンの常人ならざるパワーには圧倒される。同じ人間でありながら、彼我の能力のあまりの落差に愕然とし、感嘆する。しかしなによりも、スポーツは現在進行形のドキュメンタリーである。人間のドラマが凝縮されている。

 

スポーツに対してと同じように、ドキュメンタリー作品への関心も高かったとはいえない。悲惨な現実をリアルに眼前に突きつけられることに、いささか抵抗があったようでもある。映画にせよ、文学にせよ、虚構というフィルターを通すことによって、より思考が深められるのではないかと、ずっと考えてきた。こんな偏見を見事に打ち砕いてくれたのが、中国のドキュメンタリー映画作家、胡傑氏である。

 

5月24日の専修大学での『星火』上映会に参加したのは、まったくの偶然だった。友人が誘ってくれなければ、胡傑という名前を知ることはなかっただろうし、ドキュメンタリー映画の可能性に思いを致すこともなかっただろう。2時間の映像が、1冊の本を読むこと以上に歴史を語ってくれる。事件の当事者が歴史の現場で証言することは、彼を取り巻く風景もあいまって、観る者の思考のみではなく、心にも訴えかける。

 

1960年、甘粛省の蘭州大学の教員と学生は、「星火」という雑誌を発行して、「大躍進政策」下の地方の農村の実態を党上層部に知らせようとした。映画『星火』は現在の彼らにインタビューすることで、当時の農村の実態や知識人の動きを、生々しく再現する。

 

「道ばた、木の下、畑のなか、至るところに死体がごろごろしている。いっぽう政府の広報は、大増産、大豊作だという」。いったいどうなっている! 矛盾を解決したいという人間としてのまっとうな思いが、雑誌「星火」に結実する。しかし、社会を良くしたいというその行動が、「右派」とみなされるのだ。

 

40名余が罪に問われ、中心人物2人は死刑に処される。右派とは資本主義に走る者ではなく、共産党の政策を批判する者を指す言葉なのだ(私はこの言葉の意味をはじめて理解した)。すでに老境に達した彼らの激しい憤りは、観る者に歴史の見直しを迫る。5月28日に上映予定の、文化大革命をテーマとしたドキュメンタリーも観たいと、私は強く思った。

 

私が大学時代を送った1960年代末、社会変革を志向する若者たちにとって、中国の文化大革命はひとつの希望だった。四日市の大気汚染、水俣病、イタイイタイ病などの公害がつぎつぎに明らかになり、資本主義経済のひずみが喧伝されていた。いっぽう、社会主義国のソ連は、1968年、民主化を求めるチェコに武力侵攻する。

 

ソ連型社会主義に絶望する若者たちは、文化大革命という中国社会主義の実験に、新しい未来を見たのだった。インテリ批判も、学生の農村への下放も、「貧困のユートピア」への一里塚と理解した。私が当時アルバイトをしていた某出版社の春闘でも、「造反有理」「毛沢東万歳」と大書された看板が、堂々と立てかけられていたものだ。

 

1966年8月、北京師範大学付属高校の女性副校長が、同僚の讒訴がもとで紅衛兵に殺害される。文革による最初の犠牲者といわれており、『私が死んでも』はその副校長の夫へのインタビューを中心に構成されている。彼は妻が殺害された翌日にカメラを購入して、その後の顛末をフィルムに収めた。

 

インタビューの間に挿入されるこれら数々の写真も、貴重な歴史的資料である。殺害された妻の死体には殴打のあとが痛々しく、虐殺されたことが明白である。部屋の至るところには学生による落書きがあり、彼ら一家への非難の激しさを物語る。

 

夫は妻の死体をフィルムに収めただけではなく、妻が虐殺されたときに身に着けていたあらゆる物を残した。使い古しの鞄のなかに封印されていたそれらの遺物が、ひとつひとつ取り出される。映像の迫力というしかない。時計やバッジ、口に詰められていた綿やガーゼ、血痕と糞便にまみれた衣服! 40年を経てなお生き続ける亡き妻への痛恨の思いは、この映画を撮る胡傑監督の歴史家魂と激しく共振する。

 

このドキュメンタリーは、文革の暗部、その暴力性を容赦なく暴いている。毛沢東夫人の江青は暴力を公然と肯定し、暴力が政府公認のものとなる。造反有理。以降、数多くの知識人が紅衛兵の手で殺されることになるのだが、北京師範大学付属高校副校長虐殺事件は、文革のその後の暗い歴史を暗示しているようである。

 

文革は、「大躍進政策」の失敗で権力を失った毛沢東の、若者と人民解放軍を背景にした、権力奪還闘争だった。文革の10年間は中国を荒廃させ、分けても学問の停滞を招いた。このように文革は総括され、このドキュメンタリーもその評価を裏付けるものだとも考えられる。しかしことはそう単純ではない。

 

現代中国は、世界を牽引する経済大国に成長した。しかし、貧富の差、都市と農村の格差、大気汚染、食料汚染、いずれも資本主義国と異なるところがない。言論の自由がない分、さらに過酷な国ではないのか。なぜ中国はこのような国になってしまったのか。毛沢東と文革をきちんと総括しなかったことにも原因があると、終映後、胡傑監督は語った。現代の中国に於いて、毛沢東を語ることも、文革を語ることも、タブーに等しいという。

 

胡傑監督にとって、文化大革命は生涯のテーマなのだ。『私が死んでも』は一面的ではないかとの懸念も自ら表明した。紅衛兵であった人たちの発言がないからである。彼らすべてからインタビューを断られたらしいが、文革の全体像を求めて、さらに取材を続けたいという。胡傑さんには、映像作家の芸術性と、歴史家としての思想性が、みごとに同居している。常に当局の監視下にあるという胡傑さんだが、その歴史再発見の旅が無事に進められることを、心から祈りたい。

 

2016年5月24日
『星火』
5月28日
『私が死んでも』
いずれも専修大学神田校舎にて

 

2016年6月16日 j-mosa
 


楽しい映画と美しいオペラ――その63

モーツァルトと音楽の自由――ニコラウス・アーノンクール追悼


指揮者のなかでだれが一番心に残っているか、と問われれば、やはりニコラウス・アーノンクールと答える。彼のつむぎだす音楽は、とにかく刺激的である。クラシック音楽の世界で「刺激的」とは、ほめ言葉にはならないかもしれない。他に「革命的」とか「攻撃的」とか「論理的」とか様々に表現できようが、彼の音楽には、やはり「刺激的」という言葉が一番ふさわしい。

そのアーノンクールが、3月5日にオーストリアのザンクト・ゲオルゲン・イム・アッターガウの自宅で死去した。1929年生まれというから、享年86歳。心から哀悼の意を表したい。昨年12月のウィーン・コンチェントゥス・ムジクスの演奏会をキャンセルしたあと引退を表明したが、こんなにも早く逝くとは思ってもいなかった。しかし死の直前まで演奏会の準備をしていたのだから、音楽家として幸せな最期だったと思う。

アーノンクールの指揮した音楽はモンテヴェルディからバルトークまで幅が広い。そのなかでとりわけ愛する作曲家は、バッハとモーツァルトだと、さまざまな場で発言している。彼の口からこの言葉が発せられるたびに、私は嬉しくなったものだ。好みが同じだという喜びは、アーノンクールとの距離をさらに縮めることとなった。

アーノンクールの音楽の刺激度は、モーツァルトに於いてより顕著であるように思う。たとえばオペラ。『コシ・ファン・トゥッテ』の面白さを知ったのは、アーノンクールのDVDからである。香り立つエロスに圧倒されたものだが、自分のブログを引用しよう。「グリエルモがドラベッラを口説き落とす、バリトンとメゾ・ソプラノの二重唱の場面など、音楽は濃密な官能に満たされ、これ以上先に進められるのだろうかと観るものを惑乱させるほどの危うさである」(2006年12月10日)。

次の引用は2006年のザルツブルク音楽祭での『フィガロの結婚』第2幕に関して。「ケルビーノのアリア「恋とは何かを知るご婦人方」には、伯爵夫人やスザンナならずとも、男の私でさえ、恍惚の境地にひき込まれてしまう。アーノンクールは、もう、音楽の流れなどにこだわらない。少年ケルビーノの、女性に対する憧れや欲望、満たされない想いなどが、尽きぬ泉のように溢れ出、渦巻き、ときに行き場を失う。ケルビーノのクリスティーネ・シェーファーが素晴らしい」(2007年10月29日)。

アーノンクールの音楽は、聴く者の心に、そして身体に、直接訴えかける。18世紀の古い音楽が、21世紀に生きる私たちの身体に沁みわたり、心は愉悦に満たされる。その「刺激性」は、どうやら「音楽の自由」に由来するらしいことが分かってきた。昨10日の深夜(11日の早朝)、NHKBSプレミアムでアーノンクール追悼の番組があったが、前半はモーツァルトのピアノ協奏曲17・24番の録音風景であった。ラン・ラン相手のそのドキュメンタリーは、アーノンクールの音楽の秘密を解くカギに満ちていた。

オーケストラはウィーン・フィル。ラン・ランはモーツァルトははじめての録音だという。名手ラン・ランにして「怖い」と言わしめるほどモーツァルトは難しい。弾くにはやさしそうな楽譜の奥にあるモーツァルトの神髄を、アーノンクールはラン・ランに伝えようとする。歴史的背景はもちろん、当時のピアノの構造、モーツァルトの手紙、はては彼の家庭の事情にも通じていて、飼っていたホシムクドリの影響までも!

録音の過程で、プロデューサーがダメを出す。ある部分のソロとオケが合っていない、と。アーノンクールは意に介さない。多少の不揃いは問題ないというのだ。音楽における真の自由の範囲内であり、逆に音が均一に聞こえないように心掛けているのだ、と。テンポの揺れも大きく、その危うい均衡のなかに、音楽の命が息づいている。「音が水の上で飛び跳ねているような」と、ラン・ランはアーノンクールの柔軟性を表現する。

「音楽は言葉であり、ただの音ではない」と主張するアーノンクールは、モーツァルトの喜びを、いたずら心を、悲しみを、苦しみを、思想までをも、表現しようとする。楽譜どおりに、精緻に、美しく演奏することが主流の音楽界にあって、アーノンクールは常に異端児であった。カール・ベームを激怒させたというアーノンクールのモーツァルトは、「全体小説」ならぬ「全体音楽」として、これからも輝き続けるであろう。

2016年4月11日 NHKBSプレミアムで放映
ドキュメンタリー「ミッション・モーツァルト」

2016年4月11日 j-mosa

楽しい映画と美しいオペラ――その62

それでも人は生きていく——『恋人たち』の絶望と一条の光

「人間は生まれながらの敗者である」。私の愛する藤沢周平がどこかのエッセイで書いていた言葉である。滋味深い彼の時代小説の底を流れるこの認識は、小津安二郎の映画にも密やかに流れている。ともに人間の、一見穏やかな日常をたんたんと描きながら、それらの作品がときに類いのない深さを見せるのは、彼らのこの想いのゆえではないかと思う。

『恋人たち』をつくった橋口亮輔監督の胸中に流れている想いも、同じような諦念なのではないかと想像される。小津に比べるとはるかに表現の振幅は大きいのであるが、この映画から受けた私の感動は、小津作品からのものと同質の、深い森のなかに独り佇むような静寂なものだった。

この作品は橋口監督のオリジナル・ドラマである。にもかかわらずドラマとは思えない。まるでドキュメンタリーである。3人の恋人たちに橋口がインタビューをし、その記録を残したのではないか、とさえ思えてくる。それほどにリアルなのだ。作品はもちろんカラーである。しかし私の心にはモノクロームの映像として残っている。暗い川をゆく橋梁点検の船、夫と義母と囲む息苦しい食卓、クライアントと対面する冷ややかな弁護士事務所……。

人には生涯に何度か大切な出会いがある。首都高の橋梁点検を仕事としているアツシにとって、妻との出会いは何ものにも代えがたい大切なものであった。彼は言う。「妻は、内気でなんの取り柄もない自分を初めて好きになってくれた女性であり、暗いだけの自分の人生に明かりを灯してくれた女性だった」。そんな女性と生活を共にして、ありえなかった幸せをかみしめていたとき、突然不幸が襲う。妻が通り魔に殺害されるのだ。絶望と憎しみの淵から這い出せないアツシが第一の主人公である。殺意さえ胸に秘めた絶対的な不幸を、アツシはどう生きるのか。

第2の主人公瞳子は、心の通わない夫と義母とともに、狭い平屋に住んでいる。義母は使用済みのラップを壁に貼り付け再利用するほどの吝嗇家。妻よりも義母を重んじる夫とは会話は乏しく、セックスもなおざりである。倦怠感に満ちた毎日のなかに、いささか覇気のある男が登場し、彼女は惹かれていくことになる。

四ノ宮は自分本位なエリート弁護士で、ゲイである。若い恋人に去られて、学生時代から思いを募らせていた友人にはキチンと心情を告白できない。彼に対して感情移入することは難しいが、このような人物を第3の主人公としたところにも、橋口監督の視野の広さを感じる。

自分からは遠いはずの3人の恋人たちが、自分の近しい隣人と思えてくるところに、この映画のリアリティがある。隣人どころか、彼らは自分ではないかとも感じる。人生は危険な綱渡りであり、そのか細いロープを自分もよろよろと伝っているのだ。つくづくとそう思い、それゆえ、彼らに強い親近感を覚える。

しかし人は、絶望の底では生きてはいけない。ではいかにしてそこから這い上がり、生き延びていくことができるのか。この映画の主人公たちは、主体的に壁を破ることはできない。自らを客観視できるような知性は与えられてはいない。私たちと同じような普通の人間にすぎないのだ。

不幸は他者と関わるところから生まれる。ところが人は、他者と関わりなく生きていくことは不可能である。人はこのパラドクスを生きるしかなく、ここにこそ救いがあるとこの映画はいっているようだ。手首を切ろうとして死にきれないアツシのもとに、同僚の黒田がコンビニ弁当を携えて訪ねてくる。アツシは苦しみを吐露し、黒田は優しく耳を傾ける。そしてカツを食べ、ビールを一緒に飲んで帰っていく。同僚を演じる黒田大輔がとてもいい。一条の光である。

橋口監督の映画をひとつとして観たことがなかったというのはまことに恥ずかしい。絶望のなかにユーモアがそっと紛れ込む不思議な世界。未知のものに触れる喜びを味わったものだが、知ることは「敗者の人生」のなかでの、数少ない喜びであろう。

2016年1月29日 テアトル新宿
原作・脚本・監督:橋口亮輔
出演:篠原篤、成島瞳子、池田良、光石研、安藤玉恵、木野花、黒田大輔、山中聡、内田慈、山中崇、リリー・フランキー
2016年2月3日 j-mosa
 

楽しい映画と美しいオペラ――その61

森鴎外、作家と軍人の狭間で——『鴎外の怪談』にみる大逆事件


先日はじめて文京区にある森鴎外記念館を訪れた。それも他用のついでということで、私にとって鴎外がいかに遠い存在であったかが分かる。鴎外の代表作といわれる『澁江抽齋』や『伊澤蘭軒』といった史伝は手元にあるものの、まだ読み通せていない。巻頭に長々と綴られる主人公の履歴だけでも、読む意欲を減殺させるに十分である。鴎外はやはり官僚で軍人なのだと、敬して遠ざけていたのが現実である。

記念館訪問数週間後の深夜、テレビのスイッチを入れると、偶然にも『鴎外の怪談』なる芝居が放映されている。学生時代の几帳面極まるノートなど、鴎外の印象がまだ強かったゆえ、そのままその芝居を見続けてしまった。というよりも、面白すぎて、途中で止めるわけにはいかなかったのである。そして、鴎外への偏見が見事に吹き飛んでしまった。そこには、嫁と姑の間でうろたえる鴎外がおり、官僚と作家の狭間に苦悩する鴎外がいた。

芝居で描かれるのは、1910(明治43)年10月下旬から4か月間の森家での出来事である。森家、即ち観潮楼の二階ですべての物語が進行する。ちなみに、鴎外が1892(明治25)年から亡くなる1922(大正11)年まで過ごしたこの観潮楼の跡地に、現在の森鴎外記念館は建っている。

さて、1910年5月25日、「大逆事件」の大検挙が開始される。幸徳秋水はじめ多数の社会主義者・無政府主義者たちが、明治天皇暗殺計画に関与したとして逮捕された(大杉栄、荒畑寒村、堺利彦、山川均は、赤旗事件で有罪となり獄中にいたため連座を免れた)。この大逆事件をめぐって、芝居は進行する。

登場人物のうち、森鴎外(48歳)、母・峰(64歳)、妻・志げ(29歳)、鴎外の先輩・賀古鶴所(55歳)、「スバル」の編集者で弁護士・平出修(32歳)、「三田文学」の編集長で作家・永井荷風(31歳)の6人は実在の人物である。鴎外は当時陸軍軍医総監。軍人あるいは官僚として、位階を極めていた。

いっぽう鴎外は、1890(明治23)年に小説の処女作『舞姫』を発表していたし、アンデルセンの『即興詩人』も翻訳するなど、文学者としても知られた存在だった。荷風が若くして慶應義塾大学のフランス文学科の教授になれたのも、鴎外の推薦があったからだという。これらの情報はすべてこの芝居から得たのだが、いずれにしても1910年末から翌11年初めごろの鴎外は、軍人としても作家としても、確固とした地位を占めていた。

そんな鴎外が、森家の体面しか頭にない厳格な母と、作家としても売れはじめたわがままな妻との間で右往左往する姿が、まず描かれる。母親役の大方斐紗子の名演も相俟って、喜劇的要素をたっぷり含んだ芝居のこの導入部は秀逸である。のっけから私の鴎外像は崩されることになるのだが、このあたりの事情は、短編『半日』(1909年)に詳しい。

創刊されて間もないふたつの雑誌の編集者、「スバル」の平出修は大逆事件の被告2人の弁護人でもあり、「三田文学」の編集者永井荷風は大逆事件の本質を見抜いていた。荷風は、鴎外が「三田文学」に発表したばかりの『沈黙の塔』を、思想弾圧に明確に反対するものであると看破し、それは、政権を裏で操る山縣有朋の急所を撃つものではないかと、鴎外に迫る。荷風の攻撃をのらりくらりとかわす鴎外は、いっぽうで平出修と大逆事件の弁護方針を秘密裏に練るのだった。

賀古鶴所(かこつるど)の名前をはじめて目にしたのは森鴎外記念館においてである。彼は鴎外とともに常盤会なる短歌会を興しているし、鴎外の遺言を口述筆記した人物でもある。鴎外の信頼厚い友人であったことが分かる。常盤会には山縣有朋も関与していて、会は賀古邸と山縣邸(椿山荘)とで交互に開催されたという。この芝居においては、賀古は官僚としての鴎外を支える立場である。そして、芝居には登場しないけれども、時の権力者山縣有朋がキーパーソンとなっていく。

永井荷風は若く、正義感に溢れている。大逆事件の裁判の欺瞞性を訴え、裏で操る山縣有朋を動かすしか幸徳秋水らを救う道はないと考える。そして、それができるのは、軍人としても文学者としても山縣とつながりが深い鴎外のみである、と主張する。この動きを牽制するのは賀古鶴所と母の峰。文学者と軍人の間で懊悩する鴎外。最後の決断に背を押したのは妻の志げの一言だった。「私は『舞姫』を書いた鴎外に恋をした」という。

深夜、山縣邸に赴こうとする鴎外の前に立ちはだかったのは、なぎなたを携えた母の峰である。「津和野藩亀井家の御典医を代々務めてきた森家をつぶす気か」と凄み、「それでも行くというのなら私は自害する」と短刀を喉に突きつける。母と妻の間で、鴎外はまたもぶざまな醜態をさらすことになる。

1911(明治44)年1月18日、大逆事件に対して、死刑24名、有期刑2名の判決が出る。1月24日に幸徳秋水、森近運平、宮下太吉、新村忠雄、古河力作、奥宮健之、大石誠之助、成石平四郎、松尾卯一太、新美卯一郎、内山愚童の11名が、翌25日に管野スガが処刑された。死刑判決が出た者のうち12名は特赦で無期刑となる(平出修が弁護した2人はこのなかに入っている)。

大逆事件の判決が出る前にその結果は漏れていたというから、裁判はまったくの茶番だった。権力が意のままに思想弾圧をしたいい例である。荷風はこの事件のあと戯作者に転向するのだが、その心境を『花火』(1919年)に記している。「日本はアメリカの個人尊重もフランスの伝統遵守もなしに上辺の西欧化に専心し、体制派は、逆らう市民を迫害している。ドレフュス事件を糾弾したゾラの勇気がなければ、戯作者に身をおとすしかない」。この芝居を観て私は、鴎外だけではなく、荷風をも見直すこととなった。

2015年12月7日 NHKBSプレミアムで放映
二兎社公演
作・演出:永井愛
出演:金田明夫、水崎綾女、内田朝陽、佐藤祐基、高柳絢子、大方斐紗子、若松武史
2015年12月19日 j-mosa

楽しい映画と美しいオペラ――その60

人間の原罪をみつめる——篠田桃紅の人生哲学


9月20日の日曜日の朝日新聞朝刊に、私に強い印象を与えた老女の著書の広告が大きく出ていた。『一〇三歳になってわかったこと』というタイトルの横で端然と座すその老女の横顔は、まことに美しい。この老女、篠田桃紅の番組を偶然観たのは、もう何ヶ月も前のことである。いい機会でもあるので、そのときの印象も含めて、メモを参照しつつ、桃紅さん賛を以下に記したい。


奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 
声聞く時ぞ 秋は悲しき

目覚めたばかりなのか、不機嫌そうにふらふらと仕事場に入ってきた桃紅さんは、手近にあった和紙に、有名な和歌をさらさらと書き下した。書についてはほとんど知識のない私だが、静かで繊細なその文字の美しさには、うっとりと見とれてしまった。

すると彼女は、誰に話すともなく、人間の孤独についてポツリポツリと語りはじめた。独りで生まれて独りで死ぬ、人間は本来的に孤独であること。そして分かりあえるものではないこと。けれども、独りで暮らすことを淋しいと思ったことはない、とも。

人間のエゴイズムについても語る。人はみな自分を愛している。自分を捨てて他者を愛するなんて、なんだか怪しい。

人間の孤独といい、人間のエゴイズムといい、いわば人間の背負った業、あるいは原罪といってもいいのかもしれない。文学の永遠のテーマでもある。チェーホフはこのテーマを見事なヴァリエーションに仕立てているし、太宰治はその重さに耐え切れず自死した。また夏目漱石は、胃の死病に苛まれた。いずれも、ガラスのように鋭利で繊細な神経の持ち主だった。

桃紅さんは、この原罪を背負って、また十分に認識して、103歳まで生き延びた。この事実だけでも驚嘆に値するが、現役の抽象画家である。たまたまつけたテレビ番組は、たった1時間の短さだったが、この芸術家の全貌をみごとに表現していた。

一本の線を墨で描く、このことの大変さを、彼女は実感をこめて語る。いまだに思っているような線を描けない、と。より高い完成度を求めて、倦むことを知らぬ芸術家の情熱——これはもう宿命、それも悲痛な宿命というほかない。自分の芸術はやり尽くした、あとは穏やかな日常を生きたい、というわけにはいかない。

いっぽう、なにかをつくり上げること、なにかを成し遂げること、これらのことを人生の目的に据えるべきだとは、とてもいえない。ただ人は、生まれたからには生きねばならないのだ。生き延びることこそが重要である。桃紅さんのような人は、創作こそが生き延びる手段なのだろう。

その厳しい創作の毎日は、凡人のなんでもない日常と少しも変わることはないのだと思う。生きるということは、凡人にとっても、芸術家にとっても、同じようにやっかいなことなのだ。しかし、恐れるに足りないことをも、桃紅さんは教えてくれている。

2015年9月23日 j.mosa

楽しい映画と美しいオペラ――その59

四季のなかに息づく映画——『あん』は自然そのもの


「あんを炊いているときのわたしは、いつも小豆の言葉に耳をすましていました。それは、小豆が見てきた雨の日や晴れの日を、想像することです。どんな風に吹かれて小豆がここまでやってきたのか、旅の話を聞いてあげること。そう、聞くんです」

あんを炊きながら、徳江は、本当に嬉しそうに、千太郎に語りかける。この映画では、小豆も、あんも、鍋も、しゃもじも、語りかける。風や陽光、木々や草々も、語りかける。徳江はそれらの声にそっと耳を傾ける。すべては自然のなかにあり、すべてが呼吸をしているようだ。

映画そのものが呼吸をしている。観るものは、この映画の自然な息遣いに合わせて、ゆったりと呼吸を続けることになる。ハンセン病がひとつの大きなテーマであるにもかかわらず、この映画は穏やかで、とても快い。桜の咲く春にはじまり、新緑の初夏、紅葉の秋、冬を経てまた春が来る。大きな自然が、この映画を、また観る者たちを、優しく包み込んでいる。

登場人物たちもとても静かだ。ハンセン病の病歴がある徳江(樹木希林)、どら焼き屋の雇われ店長千太郎(永瀬正敏)、そこの客でもある中学生ワカナ(内田伽羅)。それぞれに不幸を背負いながらも、日常をたんたんと生きている。役者である以上演技が必要なことはいうまでもないが、三人ともその演技を感じさせない。とりわけ永瀬正敏は見事だ。

永瀬が出演した映画は結構観ている。『息子』(1991)、『男はつらいよ 寅次郎の青春』(1992)、『学校2』(1996)、『隠し剣 鬼の爪』(2004)、『紙屋悦子の青春』(2006)、『毎日かあさん』(2011)などで、好きな俳優のひとりである。元妻の小泉今日子と共演した『毎日かあさん』の駄目亭主など、永瀬本人がアル中ではないかと錯覚させるほどの演技だった。

この『あん』は、永瀬が演じる千太郎の心の動きとともに進行する。彼は傷害の前科を持ち、借金の返済のためにどら焼きを焼いている。「どら春」のあんは既製品で、おせじにもうまいとはいえない。頼み込まれてやむを得ず雇ったアルバイトが、あんづくり名人の徳江である。評判がたち繁盛することになるが、徳江のハンセン病歴が知られて客足がばたりと止まる。徳江は寂しく「どら春」を去ることになる。

去った徳江を、千太郎とワカナが全生園(国立のハンセン病療養所)に訪ねる場面が素晴らしい。深まる秋の、林中のカフェで彼らは対面する。千太郎は、ハンセン病が、感染力が弱く完治する病気であることを、すでに知っている。徳江を前にした千太郎の表情をカメラがとらえる。徳江を守れなかった無念さ、申し訳なさ、世間への憤り、哀しさ、諸々の感情が、彼の胸に溢れている。彼の涙は、そのまま観ている者の涙となり、周りの観客はみな目頭を押さえている。

めぐり来た春。千太郎は、桜の下で、屋台のどら焼きを売っている。「どら焼きいかがですか」の声に、かつての暗さはない。肺炎で逝った徳江の言葉が、彼の心に響いているのだろうか。

「なにかになれなくとも、なんの役にも立たなくとも、誰にでも、生きる意味はあるのよ」


2015年日本・フランス・ドイツ映画
監督・脚本・編集:河瀬直美
出演:樹木希林、永瀬正敏、内田伽羅、水野美紀、浅田美代子、市原悦子
2015年9月7日 於いてアップリンク
2015年9月8日 j-mosa

楽しい映画と美しいオペラ――その58

チェーホフとシューベルトの親和性——『雪の轍』は人生の哀歌


94歳の栗本尊子の歌を聴いて以来、音楽表現にも年齢による成熟というものがあることを実感したものだが、いっぽうで、芸術というものは年齢を楽々と超えるものであることも、充分承知している。

私の愛してやまない二人の作曲家、モーツァルトとシューベルトは若くして死んだ。モーツァルト35歳、シューベルトに至っては31歳! 彼らがあと10年、20年生きていてくれたなら、と思わないではないけれども、彼らは、後世の人間を楽しませるに十分過ぎる作品群を残してくれている。

音楽にはさまざまな力があるが、人の心をしみじみと慰めてくれるという点では、他のどの芸術よりも優れていると私は思う。この観点からいうと、モーツァルトとシューベルトは、双璧の作曲家ではないだろうか。生きることの哀しさを、この2人ほど美しく歌ってくれる作曲家は他にはいない。

シューベルトの作品では、ピアノソナタを一番よく耳にする。とりわけ最後の3つのソナタ、なかでもD959のイ長調のソナタが好きである。音の粒子がキラキラと渦を巻いて浮遊していて、この曲にはどこか異次元の響きがある。それでいて第2楽章では、地に降り立った音が、哀しい人生の道を静かにたどる。我知れず目頭が熱くなるのも、この楽章である。

トルコ映画『雪の轍(わだち)』には、このシューベルトのピアノソナタD959の第2楽章アンダンティーノが通奏低音のように響く。生きることの哀しさ、人と人とが理解しあうことの難しさをテーマとしたこの映画に、これほど美しく調和した音楽もないだろう。チェーホフから発想を得たというこの映画だが、そのチェーホフも44歳の若さで亡くなっている。

『雪の轍』の舞台はトルコのカッパドキア。洞穴遺跡で名高い世界遺産だが、主人公は洞穴をそのまま利用したホテルを経営している。他にもアパートなど多くの不動産を親から譲り受けているらしい。イースタンブールでの舞台俳優を退いて、親の遺産の管理に当たっていることも分かってくる。金があり、教養もあり、若く美しい妻もいる。映画は、この幸せを絵にかいたような主人公、アイドゥンの不幸な生活を延々3時間にわたって描写する。それを決して長く感じさせないところに、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の卓抜した腕があるのだが、観る者は、まさに自分のこととして映画の出来事を体験することになるのだ。

ピケティ教授によると、アメリカでは10%の人間が70%の富を独占しているという。このように、経済的には人間は著しく不平等である。しかしながら、理解しあうことの困難さという、人間にとって耐えがたい不幸は、すべての人間が平等に負っている。これは、誰もが愛しあうことができるという幸福な平等性と、対を成すものでもあるのだが。

壮大で荒涼としたカッパドキアの遺跡群、草原を疾駆する野生の馬、人間の営みすべてを覆い尽くす深い雪、いびつに歪んだホテルの部屋々々——心に染み入る映像美はまた、シューベルトの美しいメロディとともに、観る者に深い内省を迫ってやまない。

今作は2014年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した。納得である。


2014年トルコ・フランス・ドイツ映画
監督:ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
脚本:エブル・ジェイラン 、 ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
出演:ハルク・ビルギナー、メリサ・ソゼン、デメット・アクバァ、ネジャット・イシレル、セルハット・クルッチ
2015年7月14日 於いて角川シネマ有楽町
2015年7月31日 j-mosa

楽しい映画と美しいオペラ――その57

狂気のヴァリエーション——『セッション』に於ける音楽の魔性


「芸術上の——とくに音楽・絵画という純粋芸術の場合——才能とは病名のことではないかと思ったりする。とりわけ大いなる才能が宿る場合、宿主の魂を高貴にする一方で、宿主をたえずつき動かして尋常ならざる人生を送らせてしまう」

以上は、司馬遼太郎が、イコン画家・山下りんを論じた文章のなかの一節である(『街道をゆく33 白河・会津のみち、赤坂散歩』)。幕末、笠間の貧しい下級藩士の家に生まれた山下りんは、画業への情熱絶ち難く、曲折を経て、ペテルブルグまで赴くはめになる。彼の地の修道院でイコン画の修業をするためである。りんの望みは西洋画を学ぶことにあったのだが、修道女の身分としてそれはかなわなかった。

山下りんはゴーギャンとは9歳下の同時代人である。ゴーギャンはすでに印象派という西洋画の「革命」を経てきている。浮世絵の影響も受けて、非西洋的な平板な絵を特徴とする。明治初年の日本という西洋画に於ける孤島に生き、貧しく、しかも女性であったりんは、ゴーギャンとはおよそ対極にいたことになる。イコン画の平板さは、ヨーロッパの片田舎ギリシアの素朴画に由来するそうで、りんは、ルネサンスも、バロックも、古典派も、印象派も経験することなく、ほとんどの人生を修道院で送った。

さて、『セッション』の2人の主要登場人物の人生の軌道を狂わせるのは、音楽、それもジャズである。音楽大学でドラムを専攻する才能豊かな学生と、彼を指導する鬼教官、映画が描くのは、この2人の葛藤である。というよりも、葛藤しか描写していない。それでいてこの映画は、2時間をまったく飽きさせることはない。いわば、強力なジャズのセッションの連続なのだ。

この映画の成功の一端は、音楽に於ける葛藤しか描かなかったという単純さにある。主人公たちの生い立ちを語ることはないし、恋も刺身のツマでしかない。そうすることで、芸術の持つ魔性をくっきりと表出することができた。しかし、単純さだけでは2時間の長丁場はもたない。では、監督・脚本のデミアン・チャゼルはいかなる手段を講じたのか?

答えは「音楽」、そして「ヴァリエーション(変奏曲)」である。しかも渦巻き様に上昇するヴァリエーション。テーマは「狂気」。口汚い叱責、無理強いの競争、間違えることへの恐怖……教育の禁じ手がマゾヒスティックに繰り出される。まさしく音楽への愛と倒錯。生徒はそれに巻き込まれ、同じような狂気に陥る。

主人公2人の葛藤は、ジャズのスタンダードナンバー『キャラバン』で最高潮に達する。二転三転するこの最後の場面はじつにスリリングで、この映画を名作たらしめるに十分である。しかし私は、幕切れ寸前の数十秒間がどうにも気に入らない。やはりこの映画もアメリカ映画だったか、という落胆を覚えざるを得なかった。この理由はここには書かない。観てのお楽しみというところ。とはいえ、音楽という芸術を考察するには、近年稀な映画であることは間違いない。

2014年アメリカ映画
監督:デミアン・チャゼル
脚本:デミアン・チャゼル
音楽:ジャスティン・ヒューウィッツ
出演:マイルズ・テラー、J・K・シモンズ
2015年5月5日 於いてTOHOシネマズみゆき座
2015年5月29日 j-mosa

楽しい映画と美しいオペラ――その56

鳥は老いて宙を舞う——『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』


音楽的な感受性が豊かな映画監督は、おおよそ名監督ではないかと思う。ちょっと思い浮かべるだけでも、ベルイマンはバッハやアルビノーニ、ブルックナーなどから宗教的な深さを抽出したし(『鏡の中にある如く』『ある結婚の風景』『サラバンド』)、ヴィスコンティはマーラーやワーグナーの、体内に沁み入るような官能性を映像化した(『ベニスに死す』『ルートヴィヒ』)。フェリーニの『そして船は行く』には、『運命の力』や『アイーダ』などのヴェルディ作品が、映画の展開になくてはならぬ重要な要素として挿入されている。

もちろん、スタンリー・キューブリックを忘れてはならない。『2001年宇宙の旅』の開幕と終幕は、その意表を突く衝撃性で映画史上に輝いているが、そこに鳴り響く2人のシュトラウスの代表作品抜きには、あの映像美も半減することだろう(『ツァラトゥストラはかく語りき』と『美しく青きドナウ』)。

『バードマン』のイニャリトゥも、この1作で、上記の名監督の仲間入りをした。全編を支配する音楽はジャズである。それもドラムのみ。強拍のリズムと、時に爆発する音響。主人公の老俳優、リーガン・トムソンの焦りと高揚感を表現して見事。しかしこれに近いようなことは、たとえばルイ・マルが『死刑台のエレベーター』ですでにやっている。イニャリトゥのすごさは、ジャズに対比して、何曲ものクラシックの名曲を、しかも何気なく挿入していることだ。この効用は著しい。

マーラーの『交響曲第9番』は哀切極まりないが、それがチャイコフスキーの『交響曲第5番』では甘い哀愁となる。追憶的な響きのラヴェルのピアノ・トリオ。その他ラフマニノフなど聞き覚えのあるメロディがいくつも流れて、しかしいずれも映像と同化して音楽そのものを主張しない。音楽の「現代と伝統」は、この映画のテーマでもある「映画と演劇」、主人公の「過去と現在」、あるいは「仕事と家庭」などと同様、見事な二項対比となっている。

音楽はもちろんこの映画の観どころのひとつにすぎない。切れ目を感じさせない映像の連続性は、観る者に不思議な空間意識を覚えさせる。たとえば、ブロードウェイの街を俯瞰しているカメラが、カット割りなくそのまま主人公の劇場控室に侵入する。劇場裏から誤って締め出された主人公が慌てて正面入り口までたどり着く場面も1カットである。主人公の意識と映像が一体化していて、強いリアリティを感じたものだ。

主人公リーガン・トムソンは、かつてハリウッドの大衆映画『バードマン』で人気の俳優だった。その第3作からすでに20年、名前すら忘れられかけている。一念発起してブロードウェイで芝居をかけようと目論む。脚本、演出、主演という破天荒な試みがうまくいくはずがない。過去の栄光を忘れられず、自らの非力も顧みず夢を追うというのはまことに通俗的な話である。しかしそこには人生の喜怒哀楽がたっぷり詰まっているということをこの映画は教えてくれる。しかも、外連たっぷり、皮肉たっぷり、笑いもたっぷり。じつに贅沢な映画である。作品賞、監督賞など4つの賞を与えたアカデミー賞も捨てたものではない。

「芸術家になれない者が批評家になり、兵士になれない者が密告者になる」と、主人公は高名な演劇批評家に毒づく。まったくそのとおり。では、批評家にも密告者にもなれない者はどうなるのか? この映画はその答えを用意しているのか? 老いた「バードマン」が軽やかに宙を舞うところでこの映画は終わるのであるが……。

2014年アメリカ映画
監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
脚本:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
ニコラス・ジャコボーン
アーマンド・ボー
アレクサンダー・ディネラリス・Jr
音楽:アントニオ・サンチェズ
出演:マイケル・キートン
エドワード・ノートン
エマ・ストーン
ナオミ・ワッツ
ザック・ガリフィアナキス
2015年4月14日 於いてTOHOシネマズシャンテ
2015年4月17日 j-mosa

楽しい映画と美しいオペラ――その55

資本主義は超えられないのか——『グッバイ、レーニン!』の見る夢


アベノミクスのお陰で日本株は上昇の一途である。円をばら撒いているのだから当然その価値は下がる。この円安で、輸出を一手に引き受けている大企業の業績は上がるいっぽう。数にして0.3%にすぎない大企業だが、その好業績の恩恵を受けている人々も一握りのことだろう。格差は広がるばかりである。

資本主義は我が世の春を謳歌している。日本やアメリカ、ヨーロッパばかりではなく、ロシアや東欧の社会主義の国々に至るまで世界を覆い尽くしてしまった。グローバリズムの鎧をまとった現代資本主義は膨張し続け、国境すら容易に越える。

さて、その資本主義が、いわば一夜にして社会主義を呑み込んでしまうさまを描いた映画がある。タイトルはそのものズバリ、『グッバイ、レーニン!』。1989年のベルリンの壁崩壊前後の東ベルリンの激変が手に取るように理解される。

市民が日頃食べていたパンやコーヒー、ピクルスが姿を消す。代わって商店の棚を占めるのは西ドイツやオランダの製品である。商店も清潔で合理的できらびやかなものに変身する。コカコーラの垂れ幕が下がり、街には西ドイツ・マルクがあふれる。そして「労働者階級の英雄たち」は姿を消す。すべては一瞬の出来事だった。資本主義の強さには目を瞠るばかり。

映画は、東ベルリンのこの激変をないことにしようと奮闘する若者、アレックスの物語である。ベルリンの壁崩壊前夜、母親が心臓発作で意識を失う。ホーネッカー議長の退陣も、壁の崩壊も、初めての自由選挙も知らないで眠り続ける。意識を回復したものの、周囲の者はショックを与えることを厳禁される。体制に忠実な母親にとって最大のショックは、東ドイツ社会主義の壊滅に他ならない。と、少なくとも息子は考えた。現実を隠さなければならない。東ドイツの健在ぶりを示し続けなければならない。

東ドイツ産の食品をかき集めたり、新聞を偽造したり、挙げ句はテレビにでっち上げのビデオまで流す。このあたりは誠に愉快で、やはりこの映画はコメディなのである。ところがアレックスは、母親を喜ばせるための滑稽な行動を進めるうちに、自分の理想の世界を創造していることに気が付く。言うなれば、理想の社会主義像を母親の前に展開していたのである。

資本主義の生存競争とは違う暮らし方があるのではないか。無意味な競争を拒み、出世主義や消費社会を望まない暮らし方である。車やテレビなどより大切なものがきっとある。そして善意を施し、労働に励むこと。アレックスという若者が考えた理想の社会は素朴である。しかし激烈な競争社会に生きなければならない私たちの日常を顧みれば、アレックスの夢を荒唐無稽と退けるわけにはいかない。

母親はアレックスのお蔭で、社会主義の理想のなかで他界した。と、彼は思っている。しかし母親は現実を把握していて、社会主義の理想を語る息子に夢を託して亡くなったのではないか、とも解釈できる。さて当のアレックス、人間のエゴに基づいているがゆえに強力で盤石な資本主義のなかで、これからどう生きていくのだろうか。

2003年ドイツ映画
監督:ヴォルフガング・ベッカー
脚本:ベルント・リヒテンベルク
ヴォルフガング・ベッカー
音楽:ヤン・ティルセン
出演:ダニエル・ブリュール(アレックス)
カトリーン・ザース(母クリスティアーネ)
2015年3月10日 日本テレビで放映

2015年3月19日 j.mosa
    


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