一般財団法人 知と文明のフォーラム

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< September 2017 >>

selected entries

categories

archives

links

profile

書いた記事数:57 最後に更新した日:2017/09/22

search this site.

others

mobile

qrcode
無料ブログ作成サービス JUGEM

楽しい映画と美しいオペラ――その56

鳥は老いて宙を舞う——『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』


音楽的な感受性が豊かな映画監督は、おおよそ名監督ではないかと思う。ちょっと思い浮かべるだけでも、ベルイマンはバッハやアルビノーニ、ブルックナーなどから宗教的な深さを抽出したし(『鏡の中にある如く』『ある結婚の風景』『サラバンド』)、ヴィスコンティはマーラーやワーグナーの、体内に沁み入るような官能性を映像化した(『ベニスに死す』『ルートヴィヒ』)。フェリーニの『そして船は行く』には、『運命の力』や『アイーダ』などのヴェルディ作品が、映画の展開になくてはならぬ重要な要素として挿入されている。

もちろん、スタンリー・キューブリックを忘れてはならない。『2001年宇宙の旅』の開幕と終幕は、その意表を突く衝撃性で映画史上に輝いているが、そこに鳴り響く2人のシュトラウスの代表作品抜きには、あの映像美も半減することだろう(『ツァラトゥストラはかく語りき』と『美しく青きドナウ』)。

『バードマン』のイニャリトゥも、この1作で、上記の名監督の仲間入りをした。全編を支配する音楽はジャズである。それもドラムのみ。強拍のリズムと、時に爆発する音響。主人公の老俳優、リーガン・トムソンの焦りと高揚感を表現して見事。しかしこれに近いようなことは、たとえばルイ・マルが『死刑台のエレベーター』ですでにやっている。イニャリトゥのすごさは、ジャズに対比して、何曲ものクラシックの名曲を、しかも何気なく挿入していることだ。この効用は著しい。

マーラーの『交響曲第9番』は哀切極まりないが、それがチャイコフスキーの『交響曲第5番』では甘い哀愁となる。追憶的な響きのラヴェルのピアノ・トリオ。その他ラフマニノフなど聞き覚えのあるメロディがいくつも流れて、しかしいずれも映像と同化して音楽そのものを主張しない。音楽の「現代と伝統」は、この映画のテーマでもある「映画と演劇」、主人公の「過去と現在」、あるいは「仕事と家庭」などと同様、見事な二項対比となっている。

音楽はもちろんこの映画の観どころのひとつにすぎない。切れ目を感じさせない映像の連続性は、観る者に不思議な空間意識を覚えさせる。たとえば、ブロードウェイの街を俯瞰しているカメラが、カット割りなくそのまま主人公の劇場控室に侵入する。劇場裏から誤って締め出された主人公が慌てて正面入り口までたどり着く場面も1カットである。主人公の意識と映像が一体化していて、強いリアリティを感じたものだ。

主人公リーガン・トムソンは、かつてハリウッドの大衆映画『バードマン』で人気の俳優だった。その第3作からすでに20年、名前すら忘れられかけている。一念発起してブロードウェイで芝居をかけようと目論む。脚本、演出、主演という破天荒な試みがうまくいくはずがない。過去の栄光を忘れられず、自らの非力も顧みず夢を追うというのはまことに通俗的な話である。しかしそこには人生の喜怒哀楽がたっぷり詰まっているということをこの映画は教えてくれる。しかも、外連たっぷり、皮肉たっぷり、笑いもたっぷり。じつに贅沢な映画である。作品賞、監督賞など4つの賞を与えたアカデミー賞も捨てたものではない。

「芸術家になれない者が批評家になり、兵士になれない者が密告者になる」と、主人公は高名な演劇批評家に毒づく。まったくそのとおり。では、批評家にも密告者にもなれない者はどうなるのか? この映画はその答えを用意しているのか? 老いた「バードマン」が軽やかに宙を舞うところでこの映画は終わるのであるが……。

2014年アメリカ映画
監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
脚本:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
ニコラス・ジャコボーン
アーマンド・ボー
アレクサンダー・ディネラリス・Jr
音楽:アントニオ・サンチェズ
出演:マイケル・キートン
エドワード・ノートン
エマ・ストーン
ナオミ・ワッツ
ザック・ガリフィアナキス
2015年4月14日 於いてTOHOシネマズシャンテ
2015年4月17日 j-mosa

楽しい映画と美しいオペラ――その55

資本主義は超えられないのか——『グッバイ、レーニン!』の見る夢


アベノミクスのお陰で日本株は上昇の一途である。円をばら撒いているのだから当然その価値は下がる。この円安で、輸出を一手に引き受けている大企業の業績は上がるいっぽう。数にして0.3%にすぎない大企業だが、その好業績の恩恵を受けている人々も一握りのことだろう。格差は広がるばかりである。

資本主義は我が世の春を謳歌している。日本やアメリカ、ヨーロッパばかりではなく、ロシアや東欧の社会主義の国々に至るまで世界を覆い尽くしてしまった。グローバリズムの鎧をまとった現代資本主義は膨張し続け、国境すら容易に越える。

さて、その資本主義が、いわば一夜にして社会主義を呑み込んでしまうさまを描いた映画がある。タイトルはそのものズバリ、『グッバイ、レーニン!』。1989年のベルリンの壁崩壊前後の東ベルリンの激変が手に取るように理解される。

市民が日頃食べていたパンやコーヒー、ピクルスが姿を消す。代わって商店の棚を占めるのは西ドイツやオランダの製品である。商店も清潔で合理的できらびやかなものに変身する。コカコーラの垂れ幕が下がり、街には西ドイツ・マルクがあふれる。そして「労働者階級の英雄たち」は姿を消す。すべては一瞬の出来事だった。資本主義の強さには目を瞠るばかり。

映画は、東ベルリンのこの激変をないことにしようと奮闘する若者、アレックスの物語である。ベルリンの壁崩壊前夜、母親が心臓発作で意識を失う。ホーネッカー議長の退陣も、壁の崩壊も、初めての自由選挙も知らないで眠り続ける。意識を回復したものの、周囲の者はショックを与えることを厳禁される。体制に忠実な母親にとって最大のショックは、東ドイツ社会主義の壊滅に他ならない。と、少なくとも息子は考えた。現実を隠さなければならない。東ドイツの健在ぶりを示し続けなければならない。

東ドイツ産の食品をかき集めたり、新聞を偽造したり、挙げ句はテレビにでっち上げのビデオまで流す。このあたりは誠に愉快で、やはりこの映画はコメディなのである。ところがアレックスは、母親を喜ばせるための滑稽な行動を進めるうちに、自分の理想の世界を創造していることに気が付く。言うなれば、理想の社会主義像を母親の前に展開していたのである。

資本主義の生存競争とは違う暮らし方があるのではないか。無意味な競争を拒み、出世主義や消費社会を望まない暮らし方である。車やテレビなどより大切なものがきっとある。そして善意を施し、労働に励むこと。アレックスという若者が考えた理想の社会は素朴である。しかし激烈な競争社会に生きなければならない私たちの日常を顧みれば、アレックスの夢を荒唐無稽と退けるわけにはいかない。

母親はアレックスのお蔭で、社会主義の理想のなかで他界した。と、彼は思っている。しかし母親は現実を把握していて、社会主義の理想を語る息子に夢を託して亡くなったのではないか、とも解釈できる。さて当のアレックス、人間のエゴに基づいているがゆえに強力で盤石な資本主義のなかで、これからどう生きていくのだろうか。

2003年ドイツ映画
監督:ヴォルフガング・ベッカー
脚本:ベルント・リヒテンベルク
ヴォルフガング・ベッカー
音楽:ヤン・ティルセン
出演:ダニエル・ブリュール(アレックス)
カトリーン・ザース(母クリスティアーネ)
2015年3月10日 日本テレビで放映

2015年3月19日 j.mosa
    

楽しい映画と美しいオペラ――その54

音楽における「成熟」の発見――栗本尊子、94歳の歌声


知人のソプラノ歌手、加藤千春さんが出演するというので、「かながわゴールデンコンサート2014」なるコンサートを聴きに横浜まで出かけた。33回というから連続コンサートとしては老舗の類である。12名の出場者のうち名前を明確に知っていたのは、恥ずかしながら3名にすぎなかった。加藤さんを除けば、佐々木典子さんと宮本益光さん。お二人とも現代の日本の声楽界を代表する歌手である。しかし、佐々木さんは体調を崩されて出演されなかった。

私も含めて日本人のオペラ好きは、自国の歌手に対する関心が薄い。「今年のグラインドボーン音楽祭でヴィオレッタを歌ったロシア人歌手ギマディエワはいいねぇ」なんて話題には事欠かないが、日本人歌手についてはほとんど無知である。目配りを怠っていなければ、このコンサートに出場した歌手についての情報がこんなにも貧弱なことはあり得ないだろう。自戒をこめてそう思う。

このコンサートの演目はまことにバラエティに富んでいる。シューベルトやリストの歌曲、ヨハン・シュトラウスのオペラアリア、山田耕筰や中田喜直など日本人作曲家の作品、「アナと雪の女王」など映画音楽もある。各歌手が好みのままに選曲をしたのだろうか。企画・制作、中村博之とあるから、テノールの中村さんの周辺の方々のようだ。10年前に脳梗塞を患われたそうで、右手がご不自由。左手で杖を突かれてのご出演だった。中村さんは企画・制作ばかりではなく司会も兼ねられ、ユーモアたっぷりな進行は、コンサートをたいへんアットホームな雰囲気にしてくれた。

バラエティに富んでいたのは演目だけではない。歌手たちの年代も、若手から中堅、ベテラン、さらに超ベテランと、じつに多様であった。こんなコンサートは他では経験できない。歳を重ねることで、音楽表現はどのように変化するのか。予想もしなかったテーマに思いを巡らせることになった

最若手の加藤千春さんは、持ち前の軽やかな美声でコロラトゥーラの難曲『アモール』(R.シュトラウス曲)を歌い切り、中堅の柳沢涼子さんはしっとりと『ピアニッシモの秋』(山川啓介詩・中田喜直曲)を歌う。ベテランの大川隆子さんの『落葉松』(野上彰詩・小林秀雄曲)では秋の深まりがいっそう心に染み入る。宮本益光さんの『木菟(みみずく)』(三好達治詩・中田喜直曲)は完璧な歌唱。力強いバリトンは曲の陰影も深く、文句のつけようがない。しかし、最後に登場した栗本尊子さんについては、どう表現すればいいのだろうか。

栗本さんは宮本益光さんが押す車椅子に乗って登場された。長老の中村博之さんが「栗本先生」と紹介する。いったいどのような位置にある人なのか、見当もつかない。しかし彼女の発する第一声を耳にしただけで、強い衝撃を受けた。まさしくプロの声である。それは、車椅子のお年寄りにしては、などの次元を超えている。優しくてまろやか、さらにそこに、深い哀しみといった情緒が漂う。彼女が歌った『霧と話した』(鎌田忠良詩・中田喜直曲)は、文句なしにこの夜のコンサートの白眉であった。声や技巧を超えた、「ほんもの」に巡りあったという喜びをおぼえる。94歳というお歳を知って、驚きが倍加した。歳を重ねることは、なんと素晴らしいことか! 音楽においても、年齢を伴った成熟というものがあることを実感して、心温まる思いで帰宅したのだった。

2014年11月1日 於いて神奈川県民ホール 小ホール
2014年11月10日 J.mosa




楽しい映画と美しいオペラ――その53

祈りを心で体感する――『大いなる沈黙へ――グランド・シャルトルーズ修道院』

修道院とはいかなる所か、そんな興味を抱いて映画を観に行った。ところが、観はじめて程なく、そのような俗な興味は難なく霧消してしまった。この映画は、具体的な情報を与えてくれる映画ではまったくないのだった。

記録映画といいながら、解説は入らない。情感を盛り上げる音楽が流れることもない。具体的なストーリーがある訳でもない。修道院生活の断面が淡々と映し出されるにすぎない。しかしながら、3時間に近い上映時間は、あっという間に過ぎてしまった。

具体的な情報がまったくないにも関わらず、この映画が伝えようとしていることは理解できる。グランド・シャルトルーズ修道院はいかなる所か、修道士とはどのような存在か、そもそも信仰とは何か。頭ではなく、心で感じとれるようにつくられている。

音楽が流れることがない、と書いたが、それは背景の音楽ということで、修道院のなかでは当然ミサがとり行われる。そこでは、修道士たちによって、グレゴリオ聖歌が歌われる。中世から少しも変わることなく、修道院で歌い継がれてきた聖歌である。映し出される楽譜は見慣れた五線譜ではなく四線譜。音譜も四角い。ネウマ譜である。細い系を紡ぐようなその清澄な響きは、祈りの音楽の他ではありえない。

音は聖歌以外でも、重要な役割を果たしている。野菜を刻む音、耕される土の響き、木々のそよぎ、小鳥の鳴き声……。信仰は生活とともにあり、自然のなかにある。

そして祈り。沈黙のなかで、修道士はひたすら祈る。自らの「独房」(粗末で狭い独居部屋だが「独房」という表現がふさわしい)で、またミサの場で。「主よ、あなたは私を誘惑し、 私は身を委ねました」。字幕は極めて抑制的で、聖書からの数節が映し出されるだけである。

グランド・シャルトルーズ修道院は、フランス・アルプスの中腹に建つ。人里からは隔絶され、20数名の修道士たち(若者から老人まで)は沈黙を守らなければならない。食事も「独房」でとる。絶対的な孤独のなかで、祈りと読書の日々を送る。「静けさ――そのなかで、主が我らの内に語る声を聞け」

映画の所々で、修道士一人ひとりがアップで映し出される。何と穏やかな表情であることか。そしてたった一ヵ所、老修道士が語るシーンがある。「死は人間が持ちうる最高の喜びである。なぜなら、死ぬことによって、我々は神に近づくという最高の状態に入ることができるからだ」

最後に、プログラムに掲載されたフィリップ・グレーニング監督の言葉を引用しておこう。

「結局、私は6ヵ月近くをグランド・シャルトルーズ修道院で過ごした。修道院の一員として、決められた日々の務めをこなし、他の修道士と同じように独房で生活した。この、隔絶とコミュニティ−の絶妙なバランスのなかで、そのー員となったのだ。そこで(一人で)映像を撮り、音を録音し、編集した。それはまさに、静寂を探究する旅だった」


2,005年フランス・スイス・ドイツ映画
監督・脚本・撮影・編集:フィリップ・グレーニング

2014年9月5日 於いて新宿シネマ・カリテ
2014年9月10日 J.mosa

楽しい映画と美しいオペラ――その52

音楽の真摯な探究者――クラウディオ・アバドを追悼する


昨年の私の音楽体験で最大の痛恨事は、クラウディオ・アバドを聴けなかったことである。アバドが指揮するはずであったルツェルン音楽祭管弦楽団演奏会のチケットを買ってあったのだが、彼は体調を崩して来日できなかった。ガンを患っていることは知っていたが、8月の音楽祭には元気な姿を見せていたので、これは思いがけないことだった。しかしいくたびも重病を克服してきたアバドである。また聴く機会もあるだろうと呑気に考えていた。ところが、突然の訃報である。彼は1月20日、帰らぬ人となってしまった。享年80歳。この、誰からも愛されたという稀有の指揮者は、私にとってもまことに大切な存在であった。

何よりも私は、アバドから「音楽の楽しさ」を教えてもらった。バッハ、モーツァルト、シューベルトなど、主にドイツ・オーストリアの音楽ばかリを聴いていた私に、明るいイタリアの音楽を教えてくれたのはアバドだった。彼の指揮するロッシー二は美しく軽やかで、心を浮き立たせてくれた。フランスの演出家ジャン=ピエール・ポネルと組んだ《セビリアの理髪師》と《チェネレントラ(シンデレラ)》は、私が家族とともにもっとも楽しんだビデオである。1980年代であるから、ビデオの媒体はLD。この短かったLD時代は、私のオペラ体験の原点である。アバドは、今となっては懐かしい、我が家の団欒の中心に存在していた。

ヴェルディは、ロッシー二、モーツァルトとともに、私のもっとも愛するオペラ作曲家だが、その中期の作品、《シモン・ボッカネグラ》の魅力を教えてくれたのも、アバドである。彼が1977年に録音した《シモン》は、カップチルリ、フレーニ、ギャウロフ、カレーラスという錚々たる歌手の名唱とも相俟って、未だにこれを超えるCDはないともいわれている。この作品の初演は、ヴェルディのメロディがもっとも美しい時期、彼が43歳の頃だが、67歳になって大幅に改訂した。中期のロマンティシズムと晩期の管弦楽の充実とが見事に融合した傑作である。しかし1970年代のアバドの積極的な上演がなければ、いまの私がこのように楽しめる状況になっていたかどうか。

じつは私は、1992年に一度アバドを聴いている。オール、ブラームス・プログラムで、会場はサントリーホール。オーケストラはベルリン・フィルで、ピアノ協奏曲第2番のソリストはウォルフガング・ブレンデルだった。しかし、どうもアバドを聴いたという印象は薄い。心に染み入る演奏で、ああ、ブラームスだ!と感銘は深かったのだが。どうやらアバドは、たとえばアーノンクールのように、強烈に自己主張する音楽家ではないようだ。彼のタクトからは、「アバド」ではなく、「作曲家」その人の音楽が流れ出る。ロッシーニ、ヴェルディ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、マーラー、ブルックナー、シェーンベルク、ベルク、ムソルグスキー……。どれほどの作曲家の音楽を、彼を通して聴いてきたことだろう。そしてそのことは、西洋音楽を受容するにおいて、もっとも正統的かつ豊かな道であったことを、いまになって確信する。

訃報を聞いて、2011年夏のルツェルン音楽祭の演奏を聴き直した。モーツァルトの《ハフナー交響曲》第4楽章の生気あふれる躍動感、ブルックナーの《交響曲第5番》第2楽章の谷川のせせらぎのような清澄感……。アバドの音楽は楽しく、美しく、また、心に限りない慰めを与えてくれた。改めてアバドに、心からなる感謝を捧げたい。

2014年1月30日 j.mosa



楽しい映画と美しいオペラ――その51

認識の手段としての映画――『ハンナ・アーレント』の伝えるもの

ハンナ・アーレントを描いた映画が評判になっているとは聞いていたが、神保町の映画館での上映は観損なってしまった。上映館が新宿に変わったのを機会に、新年早々の1月7日、足を運んだ。100席にも満たない小さなホールだが、ほぼ満席。岩波ホール(200席余)で2カ月近く上映された上でのこの盛況である。このような哲学的な映画に観客が集まること自体喜ばしいことだが、それにしてもこの映画のいったいどこが、人々の関心を集めているのだろうか。

映画にしろ、演劇にしろ、また小説にしろ、「作品」にはテーマが存在する。作者は何かを訴えたいわけで、そのテーマを表現することに技巧を凝らす。「テーマはこうです」と主張することは簡単だが、あからさまな訴えでは人の心に届かない。人が理解し、認識するということは単純なことではないのである。「論文」よりも「映画」の方が、あるいは「音楽」の方がより深く理解できるということもある。『ハンナ・アーレント』は、見事なまでに明解にテーマを提出した。それも「物語」という親しみやすい手段を通して。アーレントやハイデッガーなど読んだこともない人にも、彼らの思想の一端が心に沁み入ったはずである。

1963年、アーレントは、アイヒマン裁判の傍聴記を「ニューヨーカー」誌に寄稿する。いうまでもなくアイヒマンは、百数十万のユダヤ人を虐殺した責任者のひとりである。そのアイヒマンを、残虐な人間などではなく、まことに凡庸な人間である、と表現する。そして、悪は狂信者や変質者によって生まれるのではなく、普通の、凡庸な人間から生まれる、と書く。これはアイヒマン擁護と受け取られ、さらに、ユダヤ人自治組織の指導者が強制収容所移送に手を貸したとする記述は、ユダヤ人の友人たち(たとえば世界シオニスト連盟総書記も務めたクルト・ブレーメンフェルト)の離反を招く。

センセーションを巻き起こした、5回にわたる「ニューヨーカー」誌のレポートは、簡単に書き上げられたのではない。アイヒマン裁判は1961年であるから、2年の歳月を要している。映画は、資料の山を前にして苦悩するアーレントの姿を生々しく描写している。アーレントが、パリのユダヤ人収容所を脱出した経験を持つことをすでに知っている観客は、彼女の懊悩に共感し、その誠実さを疑わない。そして彼女の主張する「悪の凡庸さ」を理解する。それはまた官僚主義の非人間性であり、無責任性である。上からの命令を実行しただけであり、自分には責任がないという論理は、東京裁判でもみられたし、現在の企業社会にも蔓延している。

では「悪の凡庸さ」を克服する道はどこにあるのか? 「考えること」であるという。一人ひとりが、自らの置かれた立場を直視し、いかに行動すべきかを徹底的に考える。いかにも凡庸な解決法だが、これ以外に方法があるとも思えない。いっぽう、考えることの権化であったハイデッガー(アーレントの先生であり、一時愛人関係にあった)が、なぜナチスという悪に協力したのか。これはまた、深刻なアイロニーである。監督のマルガレーテ・フォン・トロッタには、是非ハイデッガーを主題にした映画をつくってほしいものだ。

2012年ドイツ映画
監督・脚本:マルガレーテ・フォン・トロッタ
ハンナ・アーレント:バルバラ・スコラ
ハインリッヒ・ブリュッヒャー:アクセル・ミルベルク
メアリー・マッカーシー:ジャネット・マクティア
ロッテ・ケイラー:ユリア・イェンチ
ハンス・ヨナス:ウルリッヒ・ノエテン
クルト・ブレーメンフェルト:ミヒャエル・デーゲン
於いてシネマカリテ

2014年1月14日 j-mosa

楽しい映画と美しいオペラ――その50

未来をひらく日本オペラの誕生!
北沢方邦台本・西村朗作曲の《バガヴァッド・ギーター》
 
11月23日に、北沢方邦台本・西村朗作曲の《バガヴァッド・ギーター》が、サントリーホールのブルーローズで世界初演された。メゾソプラノ、テノール、打楽器群による室内オペラである。

打楽器でオペラ!  かつてない試みに、意表をつかれた方が多かったようだ。一般財団法人知と文明のフォーラムの委嘱するオペラに対する条件は、テーマが「バガヴァッド・ギーター」、それを打楽器で構成する、というものだった。西村朗は、その困難な要請にどう応えたか?

そもそも、声と打楽器の相性はいいとはいえない。メロディを奏でられる楽器はマリンバくらいだし、打楽器の形態は多様とはいっても、物語を語るには総じて響きが単調すぎる。打楽器でのオペラがかつて存在しないのは、当然のことなのだ。

もちろん、日本のオペラである能は、笛の他は3種類の太鼓でのみで伴奏されるし、アフリカの舞台劇の主要楽器は打楽器である。しかし、それらの打楽器は、あくまで謡い・語りの伴奏なのではないだろうか。ヨーロッパで誕生したオペラにおいて、オーケストラの担う役割は歌手と同等である。《バガヴァッド・ギーター》での打楽器群はオーケストラに代わるもので、この意味では、他に例のあることを知らない。

委嘱条件であった「バガヴァッド・ギーター」も、オペラ化が容易なテーマではない。ストーリーはないに等しく、王子アルジュナと神(バガヴァッド)クリシュナとの哲学的対話が主たる内容なのである。どのようにして1時間半に近いオペラに仕立て上げるのか。

北沢方邦の原作台本を得て、西村朗は見事にそれらの困難を克服したといえるだろう。舞台一面に展開された打楽器の群れ。マリンバやティンパニや太鼓などの既知の楽器は少なく、名前の知らない、あるいは得体の知れない打楽器が所狭しと並んでいる。これら打楽器群から、西村はじつに多様な音を紡ぎ出した。アルジュナの苦悩、クリシュナの威厳、サンジャヤの軽薄、アプサラの典雅、さらには変身したクリシュナの大いなる怒り……。打楽器の音を単調と決めつけた自分を恥じるばかりである。

原作台本にこめられた北沢方邦の思想も、明確に表現されたと思う。クリシュナとアルジュナの問答の間隙に、瞑想や天女の舞の場面などが挿入されることによって、音楽はより重層的になったし、表現内容もよりクリアとなった。迷えるアルジュナと諭すクリシュナの対比が強調されたのである。

chapter3〈アルジュナの嘆き〉におけるアルジュナとクリシュナの二重唱は、高声と低声が天に向かってからまり合い、恍惚の境地に陥った。また、chapter4の瞑想の音楽は、音そのものが雲形を成し宙に浮かぶ。快いことこの上ない。続くchapter5〈アシュラの宴〉は一転してチャンチキのリズム。この間の自在な音の変化には、まったく息をのむ思いであった。

クライマックスはクリシュナ変容の場面で、7人の打楽器奏者も10人、15人に変容する。ホールが割れんばかりの大音響である。怒れるシヴァ神に変容したクリシュナだが、その怒りはまた美しくもある。怒りと赦しの二面性――これこそこのオペラの最大のテーマではないか。

6月に新国立劇場で初演された《夜叉が池》(香月修作曲)には、おそらく多額の助成金が国より交付された。そのあまりにも後向きの作曲姿勢には愕然としたものだが、本作は、知と文明のフォーラムという一弱小法人の手で企画、上演された。財政的負担を考えると、これは暴挙としかいいようがないが、日本オペラを未来へとつなぐ作品が産み出されたという点で、これを快挙といわなくて何というべきか。

2013年11月23日世界初演 於いてサントリーホールブルーローズ
出演者
加賀ひとみ(アルジュナ)
松平敬(クリシュナ/サンジャヤ)
板倉康明(指揮)
上野信一&フォニックス・レフレクション(打楽器オーケストラ)

2013年11月27日 j-mosa

楽しい映画と美しいオペラ――その49

「岸壁の母」と「鳳仙花」――演歌と兄の死

 私は、この7月に石川さゆりの「天城越え」を聴くことによって、突然演歌に目覚めることになった。それまでもっとも苦手としていた演歌が、なぜそれほどまでに私の心をとらえるにいたったのか。ひとことでいうなら、物語の世界を音楽で表現するという形式として、オペラに近いものを感じたのである。しかも、たった4分間の楽曲が、2時間のオペラに匹敵する!という実感をもった。それに演歌は、誰もが自分で歌うことができる。これは、オペラに勝る強みであろう。

 いっぽう、日本のポピュラーミュージックには、Jポップなど他の分野のものもある。これについても私はいっこうに不案内で、云々する資格はまったくないのだが、少なくとも私には、演歌の方が身近に感じられる。日本人としての私のこころに訴えてくる力が違うのだ。私が歳を重ねたこととも関係がありそうだが、演歌は、父がよく聴いていた浪曲とも関連が深い。考えてみれば、私の音楽体験の原点は浪曲にあるようだ。ラジオから流れてくる広沢虎造の声は、いまでも耳の奥に聴くことができる。

 浪曲はいうまでもなく、文楽の義太夫節を源流のひとつとしている。三味線の伴奏で物語を語るという形式は義太夫節そのものである。もっとも義太夫節の三味線は、浪曲におけるそれに比べて、はるかに位置づけは高い。語りの太夫とほとんど匹敵するくらいの重要性をもっているのだから。ともあれ演歌は、私がこのところ傾倒している文楽とも深い関わりがあるのだ。

 話は変わるが、今年の2月に他界した私の兄は演歌が好きであった。政治信条から生き方、趣味にいたるまで、まったく正反対であった兄とは、日常それほどの付き合いがあったわけではない。それで、葬儀に出席して、私の知らない彼の一面に触れて少し驚いた。3人の方の弔辞には真情が溢れていて、兄の素顔の一端を知ることができたのだ。祭りなど賑やかなイベント好きの彼が、その催しの過程で、どのように細やかに人と接したか、地域の人と人のつながりをいかに大切にしたか――葬儀の間に流れていたのは、カラオケ好きだった兄が自ら歌った「岸壁の母」であった。母と息子の間の、断ち切りがたい真情を切々と歌ったこの曲こそ、演歌の真髄なのかもしれない(詞=藤田まさと、曲=平川浪竜)。

 私はいま、島倉千代子の「鳳仙花」を練習中である。この歌は、兄とたった一度だけカラオケ酒場に行ったとき、彼が歌った曲である。「鳳仙花、鳳仙花……」と歌われるフレーズが印象的だったし、高音が軽やかに伸びる彼の歌はじつにうまかった。曲名は隣席の姉に教えてもらった。ささやかな幸せを祈る庶民の想いを、街の片隅に咲く鳳仙花に託した名曲だが(詞=吉岡治、曲=市川昭介)、なんとか兄のレベルで歌えるようになりたいと思う。それが、せめてもの兄への供養だろう。

2013年9月1日 j-mosa


楽しい映画と美しいオペラ――その48

日本のオペラに未来はあるか?――香月修《夜叉が池》をめぐって


このコラムは、映画やオペラから受ける感動を伝えることを目的としている。故に、私の心を何事もなく通り過ぎた作品や上演については、ここに記すことはない。残念ながら、まずはほとんどがその類いの作品・上演なのだが。

今回とり上げる香月修氏作曲のオペラ《夜叉が池》(6月28日新国立中劇場)は、以上の基準からするとまったくの例外。むしろ不満が先に立つ上演だった。従ってここでの私の興味は、自らの心の動きではなく、この上演をめぐる新聞紙上の評価にある。

7月1日の朝日新聞には、新聞の音楽評には珍しく、辛辣極まりない評が出た。まるで120年も前の、凡庸で時代錯誤的なオペラ、このような作品に国が金を出すのは問題ではないか、とまあ、つづめていえばこんな主旨(評者は長木誠司氏)。この作品は新国立劇場の委嘱作品なのである。

ちょっと過激な評なので印象に強く残ったのだが、共感するところが多かった。この上演を観た帰り、友人とさんざん不満をぶちまけ合ったのである。ワーグナーに倣った、まるで19世紀のオペラではないか、舞台も竜宮城で、泉鏡花の幻想性にはほど遠い、云々。個人の欲望と村人全体の安全、つまり公私の間ののっぴきならない対立という、普遍的なテーマも内包した魅力的な題材だけに、私たちの失望は大きかった。

ところが、この朝日新聞の評が出た翌日、日経新聞にはまるで逆の評が出た。「現実と幻想、和風と洋風とが入りまじる鏡花の妖異世界を再現して、オペラの音楽とドラマが高い完成度を示した」と、驚くほどの高評である。新国立劇場の財産となるプロダクションとなろう、とまで書いている(評者は山崎浩太郎氏)。じつはこの記事、日経をとっている友人がFAXをくれたのだ。オペラ《夜叉が池》を褒めている評者がいる!と驚いて。

私は朝日の評を読んで、やはり《夜叉が池》は失敗作だったのだと実感したのだが、日経のオペラ好きの読者でこの作品を観なかった人は、無念の思いをかみしめたことだろう。音楽に限らず、芸術に関する批評は難しい。評者の主観の割合が大きいからだ。文学も含めて、「実感批評」を克服することは永遠のテーマでもあろう。

現代オペラに関しては、たとえばベンジャミン・ブリテンの《ピーター・グライムズ》は、人間の孤独を表現して恐ろしいばかりだし、ジョン・アダムスの《ドクター・アトミック》は、科学と政治ののっぴきならない関係を極限まで追求した。フィリップ・グラスの《サティアグラハ》も、独特のミニマル・ミュージックの手法で、ガンジーの思想の高潔性を訴えた。いずれも、演劇では表現できない、音楽劇ならではの深さを持っている。音楽も古さを感じさせない、まさに「現代音楽」である。

《夜叉が池》の失敗は、現代日本に生きる作曲家に、いまいかなるオペラを創るべきなのか、という問題意識が欠落していたからではないのか。それは作曲技法以前の、もっと困難で深刻な、アイデンティティに関わる問題のような気がする。今秋11月23日の、西村朗氏の《バガヴァッド・ギーター》は、いったいどのようなオペラになるのだろうか。いよいよ期待が高まろうというものである。

2013年8月7日 j-mosa


楽しい映画と美しいオペラ――その47

オペラに匹敵する情念のドラマ――石川さゆり「天城越え」


私にはどうやら、日本人としての常識に欠けるところがあるようだ。先日の友人とのメールのやりとりで、つくづく思い知らされた。

たまたまテレビで聴いた「天城越え」という歌にえらく感動して、友人にメールをした。君はこの歌を知っているか、と。知らないほうが不思議だよ、という返事。そこには、この歌を知らないなんて信じられない、君はいったい日本人なのか、という、やや侮蔑に近いニュアンスがこめられていた。

歌謡曲というのは私の関心外の領域だし、この分野のことを知らないといって、侮蔑されることはない。私はもちろん反論したが、「天城越え」から受けた衝撃の大きさもあり、ほとんどの日本人なら知っているらしいこの歌を知らなかった自分について、少々反省したのだった。

この歌をうたった石川さゆりが紅白歌合戦でトリをとったのは1986年らしく、その頃は我が家にテレビはなかった。「天城越え」を知らなくても不思議はない(テレビがあったとしても紅白歌合戦など観ることはないのだが)。しかし事情はどうあれ、この名曲を今まで知らなかったことは、私の人生をやや貧しくしたことは否めない。

私だけではなく、人間の関心を持つ領域は限られる。そして広大な関心外領域には、彼にとって未知の、おそらく豊かな情報が溢れているのだ。人生を実り多いものにするには、関心領域は広いに越したことはなかろう。好奇心が大切だといわれるゆえんである。

とはいえ、人生も黄昏に近づいているいま、身辺をできるだけシンプルにしておきたい、という思いもある。雑音に耳をかすことなく、趣味も、人との交際も限定する。物欲も押さえて、所有する物も整理していきたい。好奇心も制約するにしくはない。

好奇心をめぐってさえ、2つの考えの間を揺れ動く凡人でしかない私だが、「天城越え」に関しては、自らの貪欲さに感謝しよう。4〜5分間にうたわれるドラマの濃密さは、2時間のオペラに決してひけをとるものではない。この考え方には我ながら驚いた。演歌の発見である。

「天城越え」は、女の情念の深さ、やり切れなさを、湿潤な伊豆の自然のなかに歌い込んで、圧倒的なリアリティを持つ。殺してしまいたいほど惚れる、という情はそれほど珍しいものではないが、それを顕に、しかも肉体的に表現した例はあまりないのではないか。

曲は静かに始まり、殺したいほどの嫉妬が何気なく歌われる。天城の山に分け入るほどに情は高まり、やがて山が燃え上がる激情に達する。そして、あとさきもない女の情念は、その胸奥に鎮められる。紅葉にめくるめく天城峠を女は越える。先に見えるのは不幸だけ。でも、女は男の後を追う。石川さゆりの絶唱からは、そんな暗い宿命を背負った女の足取りが、絵のように浮かび上がる。吉岡治の詩も見事だが、弦哲也の音楽は、類い稀なその情念の世界を、さらに濃密な色に染め上げた。

2013年7月7日 j-mosa




一般財団法人 知と文明のフォーラム

Copyright (C) 一般社団法人 知と文明のフォーラム All Rights Reserved.
ページトップ▲